人生に対する冷笑もなければ諦めもなく、かといって、根拠のない自信に
支えられているといったふうでもない。どんな種類の悲劇と隣り合わせで
生きていかねばならないとしても彼は決して絶望せず、与えられた生命を
謳歌してやまずにいられる。すくすくとのびやかに生きていける。
【小池真理子「存在の美しい哀しみ」
……………………………………………………………………………………………………………………………………
ひとつの生き方として、「自分は苦労した、苦労した…」と自ら話すひとの生き方には
少なからず嫌悪感を抱く。そんなことこれっぽっちも出さないで、しれっとさりげなく
事も無げに生きろよと言いたくなる。
生まれにしろ、育った環境にしろ、対した人たちにしろ、すべてを肯定して受け入れて
前だけ向いて、目線を上げて、口笛吹いて、、、
♪空に向かってあげた手に
若さがいっぱい飛んでいた
学園広場で肩組み合って
友と歌った若い歌
…………………………………………………
♪泣かないって約束したのに
さよならって言ったら
何にも言わずに横向いた
お下げが風に揺れていた
忘れないさ 忘れないさ
好きなのさ
小説を読んでいて、その文中で「気のおけない」という言葉に触れて、
僕は長いこと誤解していたことに気付いた。全く逆の解釈(思い込み)をしていたのだ。
正解とは逆に(警戒を抱くような)という認識だったのだ。文脈からして明らかに
おかしいので調べてみたわけだ。真反対の意味を知り己れを恥じた。
もしかしたら、これまでに会話の中で「あいつは気のおけない奴やな」なんて言ってた
かもしれない。そして他にも同類のことがあるんじゃないかとちょっと不安になる。
大方の大人は「それ違うよ」とはなかなか言ってはくれない。心の中で笑っても。
諺や四文字熟語も然りだ。(ここでソレ使う?)があったかも知れない。
いやはや、勉強、勉強!