世の中の裏側(側面)
その世界で脚光を浴びる主人公の裏で
その主体を支える人がいる
彼はその世界では有名なボーカリスト
彼女は、彼の妻
僕は地方出身の田舎者そしてプー太郎
そのふたりが英会話教室で出会った
夫は華やかな世界の寵児
僕は名も無きやさぐれ男
華やかな主人とその彼を支える英会話教室の彼女
僕は知らなかった……何もかも……
先生は優しかった……そして厳しかった
優等生揃いの教室の中で、浮きに浮いた存在の僕を
優しく、温かく……掬い上げてくれた
当然の流れのように、プライベートレッスンへと進行していった
いわば僕は根っからの田舎者
彼女から見れば、磨き甲斐のある原石と映ったのかも知れない
僕は自らを知らなさ過ぎた
客観視能力も無かった……子供だったのだ
性の誘惑にも気付かず………
彼女の涙の理由にも気付かず……
でも……それで良かったという結末にも気付かず……
すべては彼女が、オトナだった
でも、今にして思う……
自分の中の宝物は、この己自身なのだと。
僕は何かに絶えず駆り立てられるように、その日その日を過ごしていた。
愛情の一番終わりの境界……その一線がハッキリと眼前に表出した。
涙は悲しみの表出てはなく、朝の草を飾る露のように自分の睫毛を濡らした。
それを機に、僕はピエロの仮面を脱ぎ捨てたような衝動を覚えたのだった。
脱出の日、片付けるものなど何一つ無いと言ってよかった。着の身着のまま
僕は脱出した。父の「お前は、脱出の名人だな……」という言葉が甦った。
スリルという言葉はあてはまらない、僕はこういう瞬間にいわば慣れていた。
18年間て唯一習得出来た特殊な【芸】だったのかも知れない。
半世紀以上を経た今日、僕はその芸を再現出させようとする自分に
驚きを隠せない。習癖は冬眠から覚めて甦るのだ。
あの時、「父よさらば、兄姉よさらば、可哀想な継母よさらば……」
と綴った言葉がまざまざと蘇ろうとしている。
結局のところ……その行き先は、実母の懐なのだが……
そしてまた、……ということは【X】にしかあり得ないのだが……。

京都の東南、坂の上のアパートには
これといった家具は一つもなくて
机代わりの電気コタツとダークブルーの寝袋がひとつ
階段の入り口ドアには
シルビーバルタンのポスターが一枚
朝に送り出し、夜に迎えてくれた
彼女の顔が別れたひとと重なって
僕はその唇にタッチするのだった
♪空よ 水色の空よ
雲の上に 夢をのせて
空よ 私の心よ
思い出すの 幼い日を
故郷の 野山で
初めて 芽生えた
あどけない 二人の
小さな愛
空よ 教えてほしいの
あの娘は今
どこにいるの
故郷の 野道で
固く手を にぎった
あの頃の 二人の
小さな愛
空よ 教えてほしいの
あの娘は 今どこにいるの

わが家に続く坂道で
両腕をいっぱいに広げて
ヨチヨチ歩きのおまえを待つ母の姿は
すぐ傍で見ていて
羨ましいほどに…悔しいほどに…
慈愛に満ち溢れていた
俺もそうされたにちがいないのに
なぜか…おまえが羨ましかった
(十歳上の兄からの手紙)
フランス文学の大学教授になった君を
近所に住むN君が…「あんなフランスかぶれ」と
言い放ったのには、
何か特別な理由があったのだろうか?
そう考えてみれば、
僕にも似たような経験があったような…
同じ合唱団の中で、
彼が「鎌倉」の独唱のチャンスをもらった時の
僕の心
夏に帰省すると
父はかならずこう言った。
「やれ、帰ったかい、水浴びんかね」…と。
昔のことだからシャワーもない時代
「行水」とも言った。
酷暑の続くこの夏。
ふと父の言葉がよみがえる。
寡黙だった父の最大の愛情表現だった。
K子は二十歳にしてT家の長男の嫁となり、懸命に仕え、かいがいしく家庭を守り続けた。
しかし主人の親の死去に伴い、噴出してきた遺産相続の争いに巻き込まれた。
嫁の立場の彼女は、ただ離れた場所からその成り行きを見守るしかなかった。
結果、父母の面倒など何もしなかった夫の兄弟姉妹たちが、当然の権利とばかりに
財産を奪い去って行った。
そこへ追い討ちをかけるように、夫の不倫が発覚した。当然ながら夫を問い詰めたが、
逆に開き直りの反応しかなかった。K子は絶望した。何のためのこれまでの人生だった
のか?と。
堪らなくなったK子は家を出て、ホテルに逃げ込んだ。そうでもしなければ、自分が
壊れてしまうと思った。ホテルで暮らした数日後、絶望の中でもわずかな落ち着きを
取り戻したK子は、心に浮かんだA夫にメールを送った。「話を聴いてください」
切実な願いだった。
♪名前も知らない あなたと私
なのに不思議ね 胸がときめく
恋はこうして 生まれるものなのね
教えてほしい あなたのすべてを
今宵ひとりで歌う あなたへの歌
……………………………………………………………………………
カラオケ🎤🎶がブームの頃
あるスナックでよく逢う女性がいた
名前も知らないし、グループも違ったのだが
歌う歌の傾向が似ていた
僕の歌に一際拍手を送ってくれた人だった
その店が閉店時間となって、タクシーを呼んでもらったら
ママが「なべちゃん、一軒付き合って」と言った
そしたらその彼女も乗り込んできた
ママは何を考えたのか?何を企んだのか?
僕には理解不能だった
行き先は店を終えたママたちがよく行く店らしく
深夜だというのに大流行だった
鈍感な僕は、ママたちの企みを理解するのには
かなりの時間を要したのだった
♪青い青い 月の下で
君に告げた 愛の言葉
好きと云われ 好きと云った
あれは夢か 遠い夢か
青い青い 月の下で
君は誰と いまは暮らす
僕にもどれ 君よもどれ
みんな夢か 遠い夢か
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湖の干拓地、区画整理が施され、道路や跨線橋か出来た
車も通らず人も通らない、街灯だけがあかあかと点っていた
暗闇を作る跨線橋の下が、僕たちの逢瀬の場所だった
許されたわずか十分足らずの逢い引き
鮮やかに甦るはるか遠い昔の青春