【ブッシュのアメリカは、半世紀前から少しも進歩がなかった。世界中どこでも強大な武力を背景に、自分の言い分を押し付け、ままにならなければ、冷酷に圧しつぶして主張を通してしまう。このやりかたにすこしでも見識の都合がなくなってしまったときは、悲惨なことになるとおもう。これはソ連がほぼ一世紀のあいだ、知識の世界におしつけてきた迷信が悲惨をまねいて、いま崩壊にさらされているのと同じだ】
これは湾岸戦争(イラク)の時のことを書いた吉本隆明氏の記事だ。ブッシュをトランプに、ソ連をロシアに置き換えるだけで、この文章が違和感なく受け止められる。時代は繰り返される。進歩なんて無い。
木の葉船
四人は横一列に並んで、冬の坂道をコツコツコツと歩いた。
両手の親指をジーパンのポケットにつっこみ、まるでビートルズかストーンズかのように。
昭はヘアスタイルもファッションもミックジャガーそのものだった。
裁縫が得意でジーパンも体型にピッタリにしてしまう腕前だった。
誠はスタローン似で目鼻立ちは酷似だった。
ワタベは顔も体型すらもまさに猪八戒そのものだった。
問題は僕だ…何の特徴もない…凡人極まりない…ただのプー太郎。
頬はこけ、痩せ細り、顔には不自然な長髪が辛うじて時代を象徴していた。
六畳一間のアパートには不釣り合いな、昭が持ち込んできたステレオセットで
ストーンズやディープパープルの曲を聴いた。
それぞれが目をつむりタバコをふかしながら自分の世界に入り込んでいた。
三人は三人とも個性的に見えたが、ただの未熟少年の延長だったのかも知れない。
僕も似たようなものではあったろうが、そこまでの生い立ちが彼らとは決定的に違って
いた。
でも…みんな世間に拗ね、家庭の温もりに飢えているのは共通していた。
おそらくは、僕だけがそうしたヒッピー感覚に、意識的に酔おうとしていたのかも
しれない。
四人は同じバイト仲間だった。
いわばデパートの裏方で、手動式エレベーターの操作役をしていた。
大方は大学生や浪人生で、僕たちはまさに除け者的存在だった。
後から思えばヒッピー的だったわけだが、アメリカの彼らとはまた異質で、
やはり真似事をしていただけなのかもしれない。
後から思えば、あの漂流時代こそが一個の人間の創成期だったと確信する。
黒い渦が逆巻き流転していた。その激流の中に漂う木の葉船のように僕たちは生きた。
ナイチンゲール
心的原因と思われる
僕の異変に気付いたあなたは
「私が治す!と宣言した
「必ず治す!」と。
看護服も勇ましく
野戦病院を開設したのだった。

ブルーメの丘
あなたと初めて逢ったとき
あなたはまだあどけない小学生で・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
♪いたいけな眼差し 投げ続ける君は
ひたむきな心を 隠そうともしない
変わらない憧れを 背中に映し
逢うたびに君は 美しくなる
限りなく青くさい 君の夢を
裸になって抱き 抱きしめたい
移ろいの多さに かすり傷を恐れ
誰となく心に壁を立てる中で
かげりない輝きを背中に映し
逢うたびに君は 美しくなる
ためらいも疑いも 君の夢に
地平こえて飛び飛び散ってく
気負わずに熱い 君の足音がはずむ
さわやかに熱い 君の歌声がひびく
・・・・・・・・・・・・・・・・
再会の時
あなたは流転の時を重ね
その重い空気を必死に跳ねのけようとしていた
しばし羽を休める瞬間として
ブルーメの丘に遊んだ


永遠の片想い
これは高校の還暦同窓会でのスナップ写真
彼女は中学三年生の時、同じクラスで
僕が委員長、彼女が副委員長
クラブはどちらもバスケ部だったが
彼女はキャプテン、僕は補欠
彼女は教師に、そして同級生と結婚
僕は・・・・・・・・・・
永遠の片想い
😢😢😢
そして・・・
「歌は世につれ 世は歌につれ」と言うけれど
伊勢正三の「22才の別れ」は、まさしく僕の実体験と重なりが多く
懐かしい・・・というよりは、切なさがこみあげてくる。
今でも・・・。
♪あなたに さようならって
言えるのは 今日だけ
明日になって またあなたの
暖かい手に 触れたらきっと
言えなくなってしまう
そんな気がして
・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕が22才だったから、あなたは27才だった
あなたの周りの急き立てるような圧力が
あなたの心を追い込んでいった
・・・・・・・・・・・・・・・・・
♪私には鏡に映った
あなたの姿を見つけられずに
私の目の前にあった
幸せにすがりついてしまった
・・・・・・・・・・・・・・・・・
あなたは、まさに意を決して、はるか博多から京都へ
僕に会いに来てくれたわけだが・・・
一緒に行こうと思えば行けた
あの映画「卒業」の逆バージョンのように
一緒に汽車に乗ってしまうこともできた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
♪今はただ5年の月日が
永すぎた春と言えるだけです
あなたの知らないところへ
嫁いで行く私にとって
ひとつだけこんな私の
わがまま聞いてくれるなら
あなたはあなたのままで
変わらずにいて下さい
そのままで
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まったく同じフレーズを残して
あなたは夜明けの列車に乗った
「あなたはあなたのままで、変わらずにいて下さい」


スポーツ界でも芸能界でも、あらゆる分野で、様々なハラスメントが報じられる。
言葉こそ現代っぽいが、これは昔からあったことであり、「鍛える」とか
「しごき」とかいう言葉に隠されていたが、全くのハラスメントそのものだった。
高校二年の時、校内でも有名な教師が僕のクラスの担任となった。
僕は家庭内の複雑な事情もあって、ほとんど勉学に励めない状況下にあった。
そんな時、僕は職員室に呼び出された。開口一番いきなり怒鳴りつけられた。
そして・・・
「お前は、今の成績はサッパリだが、どういうわけか(?)入試の成績が
やたらと良くて、現在トップ50にぶら下がっている(?)これからどうする
つもりなんだ!もう大学入試は始まっているも同然なんだぞ!」
僕は言葉を返す気力もなく黙っていると、「壁にむかって立っとれ!」と
怒鳴りつけられた。他の先生方が憐みの目を向けていた。
それから数か月間、僕は登校拒否状態になった。

あなたとのキーワードを問われたら
「クシコスの郵便馬車」と答えるでしょう
逆に僕が問われたら
「みどり」と答えたいところですが
なぜか「花のまわりで」と答えたくなるのです
あなたのハーモニカ演奏に惹かれました
大勢の合奏団なのに、あなたはひと際輝いていた
顔の半分もあるかのようなハーモニカ
半音絡みの上下操作がとても巧みでした
合唱団の僕のソプラノはどうでしたか
何の歌でもそうですが
実のところ僕はアルトの音階が好みでした
引き立て役っていうのが性に合っているのでしょうね
それはこれまでの人生でも引き継がれています
役者で言えば「脇役」です
小生意気ですが名脇役的存在でありたいのです
小学校はずっと同じクラスで
委員の学期も同じでしたね
そして高校三年生でまた同じクラスになりました
でも・・・ハーモニカのことなど
あなたはまったく覚えてはいないでしょうね
僕は小学生の六年間で
人生の凝縮版を演じきったような気がしています
自衛隊のヘリコプターに
僕はなぜ全校の代表で乗ったのでしょう?
秀才君はたくさん居たのに・・・
放送部アナウンサーとしてのコメントが求められたのでしょうか?
大山への遠足の写真で、僕の真後ろにいる笑顔のあなた
あれは偶然だったのでしょうか
思い出せば・・・あなたからのプレゼントをもらった時の失態が
大きなだピリオドになったと悔やまれます
あの鈍感男は、その後もずっと健在?です
「そのガキっぽさがイイ」なんて人は、もう一人もいないと思います
「還暦同窓会」がチャンスと思い、帰郷しましたが
なぜかあなたは欠席でした・・・
ふたりの「あきちゃん」の思い出話です

「ファイト!」
君の声が場内に響き渡る
メンバーが「オー!」と男勝りの声をあげる
さすが!
キャプテンは君でなきゃ!
僕は応援席で拍手をする
両手が赤くなるほどに・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
君はバスケ部のキャプテン
僕はバスケ部男子の補欠
クラスに帰れば・・・
僕は委員長
君は副委員長
なんとも微妙かつアンバランスな関係
でも・・・僕は
そのアンバランスの中に
不思議な心地よさを覚えるのだった

嫉妬
遠隔地での交通事故で、昏睡状態だった僕に速達の手紙が届いた。
眼を覚ますと、ずっと付き添ってくれていたらしい貴女は、
「お手紙よ」と差し出した。
「開けてあげましょうね」
「あら、写真よ・・・キレイな人ね・・・」
「とっても心配してくれてるのね・・・」
しばらくの沈黙の後
「この幸せ者!」
貴女は僕のおでこを人差し指で突っついた

あの時の写真が一枚もない。
あの時のどころか・・・
あなたの写真が一枚もない。
ブロークンハートを象徴するように・・・
お産のため帰省していて
僕を看病してくれたあなたは
その後数年間、横須賀から
偽名で手紙をくれた
あの時の優しい看病の心のままで