自身が言葉の上にしろ、体的にしろ、暴力をふるっておいて、
世論の暴力に対する考え方に、同調するかのような言動には、
正直に言って?が残る。己の正当化?自己防衛?
親や教師に殴られて育った世代の人には、そこら辺の線引きが
出来ないようだ。世間でも不満タラタラで辞めていくニュースを
見聞きしているというのに。
子供のイジメ問題と、本質は何ら変わらない。
開き直りとは怖いものだ。まったく度しがたい。
親の顔を見てみたい…というが、僕は親の顔を知っている。
この親にして、この子あり……というわけだ。
あの森信三先生の言葉を思い出す。
「親が子に手をあげるのは、一生に一度か、まったく無いかだ」
因みに僕は親に殴られた記憶は無い。言葉の暴力を受けた経験も無い。
世の中に、いわゆる美談は数多くあるけれども、それは第三者が語るべきことで、
本人やその取り巻きが喋ったのでは、話の価値は半減どころか、むしろマイナスとなる。
ネット上でのそれでも、計算された作り話であったり、こじつけであったりする。
かなりの年数を経て、何人かの人に語り継がれて聞く話の方が、真実味があり、
心から納得できる。
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♪信じてくれよと
たのみはしない
あなたがわかってくれたなら
それでいい それでいい
黙っていても
通う心の真珠の命
人知れず 人知れず
愛していたいのさ
好きだなんて
そんな言葉はいらない
あなたの支えになれたなら
それでいい それでいい
何もいらない
暗いこの世に
明かりをひとつ
人知れず 人知れず
灯してみたいのさ
