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黒の中の黒

生きていれば、必ず【もくず】のように

あしもとに纏わり付いて、

不自由を強いてくるものも生じる。

「黒の中の黒」

あなたは、ソレを見ましたか?

posted by わたなべあきお | - | -

自己風刺

【自己風刺】とは、

自分自身の欠点や弱点、特有の癖を、あえて誇張し

ユーモアや皮肉を交えて笑い飛ばす表現方法

…とあるが、なんとなくそれに近い感覚で生きてきたように思う。

…でなかったら、ここまで生きては来なかっただろう。

言葉を変えれば、いつも言うように「二人の自分」の

共存とでも言おうか…そこが互い?の緩衝材、クッション、

逃げ処なのだ。

己を如何に客観視するか…そこに答えがある。

逆にソレが出来ない人は、自爆する。もっと高じれば

他人に害を及ぼす。腹癒せというか、自爆でも止めの効かない

過大なエネルギーのために…それはそれで本人は納得かも知れないが

迷惑なのはソレを向けられた側である。かすり傷程度ならいいが

打ちどころが悪くて、内出血や捻挫でもしようものなら、どこにその

責任追及を向ければいいのだい?

○○に点ける薬はない~と言うけれど、全く傍迷惑この上ない。

posted by わたなべあきお | - | -

ブルース

ひとは、己を徹底的に凝視できた時

他の領域に意見を求めたりはしないものです

もしあるとすれば、それは同意見の確認です

敢えて、【闘い】という言葉を使いますが

それは、己個人の中の、己と己の闘いです

葛藤とは違う、迷妄とも違う

徹底的に昇華された純度の高い意識です

現実的世界に置き換えてみれば…

それは【ブルース】です

哀愁というのでしょうか…

ひとは、その中に浸り、慰め、涙するのです

わかるかなぁ…わかんねえだろうなぁ…

posted by わたなべあきお | - | -

切磋琢磨

失望感を抱いた時、何に穴埋めを願うのか?

それは…他人様ではないのです

それは…もう一人の自分です

その【もう一人の自分】こそが

最大の理解者であり、最強の教師なのです

解るでしょう?

疑問を抱いた時、

既にその答えが臼ぼんやりとした空間の向こうに見えているのが…

自己とはそういうものです

もう一人の自分との切磋琢磨です

posted by わたなべあきお | - | -

自己風刺

身に付けよう

【自己風刺】

常にその謙虚さと余裕のなかに

この身をおきたい

考えすぎす

しかし、

深く考えて…

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如何に…


極論的に言えば

頭脳的賢さと心的賢さとは

全く違う…ということです

もっと言えば

頭脳的賢さや心的賢さと魂的賢さとは

全く違う…ということです

もっと言えば…

現世に満足するか

現世に失望して自殺するか

彼の世を意識して現世を生きるか

…ということです

posted by わたなべあきお | - | -

ブルーグレイ

「三島作品に漂う硬質な情感はどれも好きだが、私が読んだ彼の作品の中で、

あのシーンの美しさをしのいでいるものは一つもない。死を覚悟していた作家が、

最後に書いたシーンなのです。死と隣り合わせになった時こそ、人は生涯で最も

美しいものを感知することができるのでしょうな。皮肉と言えば皮肉だが、

それも致し方ない。所詮、美の行き着く先は、死なんですから」


       「欲望」小池真理子

posted by わたなべあきお | - | -

ボーッと…

現実は、捉え様によっては、単調極まりない世界かも知れない。

だけどもう一方、捉え方によっては、複雑怪奇な世界を生み出す。

人は皆、単純単調とも言える現実社会の中で生きている。

それがすべてだと思い、いや、それがすべてだと観念して生きている。

僕はそうとは思わない。己の心の持ち様次第で、世界は一変する。

しかし、実存主義と言ってしまえばそれまでの話なのだが、僕的に言わせてもらえば

果てしなく繰り広げられる夢世界を、いとも簡単に葬り去るのは勿体ない。

波長の違いと言ってしまえば、それまでの事。

僕的にも、それをどうこう言う資格はない。

むしろ、「知る人ぞ知る」で納得する。

人は皆、孤独だ。いや、僕だけか?

嘘と欺瞞と稚拙な演技で形成された「現実」に憐れみの感情さえ覚える。

何故か突然、「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」とチコちゃんの声が木霊した。

posted by わたなべあきお | - | -

「君子危うきに…」

ウエブ上の「なりすまし」や「乗っ取り」は後をたたないけれども

その手口もだんだん巧妙化してきて、一昔前のように即座には見破れない。

ただ言えることは、彼ら(彼女ら)がやらされているという点だ。

必ずどこかで小さな「ほころび」が露呈する。 さらに加えれば、

おそらくは、いくつもの件数をこなしているのだろう、自身や相手の名前や

ニックネームが混同してしまったり、全く別人に返答したりが起こる。

そしてやがて、「こりゃ見込み無いな」となったら、あっさりと退散して行く。

それはそうとして、僕が考えるのは、「乗っ取られた人」「成りすまされた人」

のことだ。特に写真~これは深刻さを内蔵していると思う。とは言いながら、

僕でも判断しかねる「友だち」も存在するわけで…。

結論的に言えば、「君子危うきに近寄らず」ってことかな。

posted by わたなべあきお | - | -

日常

非日常的なことが、毎日になれば、それは非日常でなくなる。

それをショックとか新鮮なこととかに受け止めれば、続くのはせいぜい一週間だろう。

習慣化した毎日を、週一にしてみなさい。

そのスタンスの方が、はるかに長続きするはずです。

もっと言えば、月一でもいいかも知れない。

その間の時間の中で、何を思い、何を考え、何を模索するか、

そうした方が、はるかに有意義なはずだ。

posted by わたなべあきお | - | -

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