これっぽっちしか
できないんです
それでいい
それでいい
それでいいのです
あれも
これも
ではなくて
あれが
これが
なのです
【横田 武】
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達観の域の先生に、何もかも反発して、いきってた二十歳の自分。
それさえも見透かされて、ただ無言で見守り続けてくださった。
先生 僕は何でも先生の逆です
そこで先生はおっしゃりたいのでしょう
物にも事にも裏表の二つの顔があるのだと
わかっているんです 先生のおっしゃることすべて
でもどうしても ああ これが人生なんだと
割り切れない 悟りきれないのです
それこそ 本当の負け惜しみのような気がして
こうして何もかも反発しているのです
お許しください 先生
二十歳の詩集

猛暑日続きの京都…まさしく外は危険だ。
昨日、所用のためバスで出掛けた。乗り換えが必要だったため、次のバス停で
待っていたら、老婦人が女子大生に何やら頼み込んでいた。断られたようで、
今度は僕に。バス賃を貸して欲しいらしい。一瞬、これは詐欺だな…と思ったが、
黙って230円渡した。そして彼女は到着したバスに乗り込んで行った。想像するに、
彼女は無賃乗車証を持っているはずだ。おそらく先のどこかで降りて、
また同じことを繰り返すはずだ。
これを半日もやれば、千円、二千円は稼げる?だろう。
成功率は三割か五割かわからないが…。寸借詐欺というやつなんだろう。
僕は、そのせいとは言わないがバスの系統を間違えてしまい、遠く離れた場所で
下車して2キロほど歩く羽目になった。炎天下、持って行ったタオルが汗にまみれた。
これなら、タクシーに乗った方が良かったかな…と自分を責めた。八つ当たりする
物も無く、「あの婆さん、いい死に方は出来んよ」と思いながら、ひたすら
汗を拭き拭き歩いたのだった。
夏に帰省すると
父はかならずこう言った。
「やれ、帰ったかい、水浴びんかね」…と。
昔のことだからシャワーもない時代
「行水」とも言った。
酷暑の続くこの夏。
ふと父の言葉がよみがえる。
寡黙だった父の最大の愛情表現だった。
何度も読んでみると、
身体の奥に、詩の一節が
染み込むように入る時がある
私は若い頃、教師にこう教わった。
「良い本、良い小説は、一度読み終えてから、十年後、二十年後に読んでみると、
初めて読んだ時には発見できなかったものを見つけることができる」
人が生涯で何度か読んだ小説は、やはり良い小説なのだろう。
詩集などはその典型で、何度も読んでみると、ある時、身体の奥に、
詩の一節が染み込むように入る時がある。
それは友人との再会に似て、人も書も、接する側の成長によって見え方、
読み方が違うからかもしれない。
【伊集院 静】
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まさにそれを実体験してる。もうあの本は読んだ…と、本棚で埃を被った本たちを
引っ張り出して、読み直している。するとたしかに
「あれ、この本こんな内容だったっけ」となることのなんと多いことか。
いいも悪いも、楽しみも苦しみも、経験が心を感性を成長させているのだろう。
百科事典に、本棚のスペースを占領させておいてはいけない。