私の両親は、いわば対になったブックエンドようなものだったと言っていい。
中身がどんなものなのか考えようともせず、必死になって左右から押さえ込み、
表面を取り繕ろうための努力を惜しまない。本が逆さまにならないように、棚から
落ちてしまわないように、彼らは気を配り続けた。そして私は、おかしな言い方に
なるが、そんなブックエンドにはさまれて育った一冊の本だった…。
【小池真理子「恋」】
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状況を引用して、自分に当てはめてみたら、僕は父の書斎の中の膨大な量の本たちの
なかで、引き出されることもなく積み重ねられた本たちの中に挟まれた、一枚の
メモ用紙的存在だったのかも知れない。僕自身が何かに書き残している。
「そこに家は存在していたが、家庭がなかった…」事実、ごく稀に立ち寄っても、
僕自身の部屋というものは存在しなかった。もし、帰ってきた時のために…という
思い遣りも無かったというわけだ。
♪名前も知らない あなたと私
なのに不思議ね 胸がときめく
恋はこうして 生まれるものなのね
教えてほしい あなたのすべてを
今宵ひとりで歌う あなたへの歌
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カラオケ🎤🎶がブームの頃
あるスナックでよく逢う女性がいた
名前も知らないし、グループも違ったのだが
歌う歌の傾向が似ていた
僕の歌に一際拍手を送ってくれた人だった
その店が閉店時間となって、タクシーを呼んでもらったら
ママが「なべちゃん、一軒付き合って」と言った
そしたらその彼女も乗り込んできた
ママは何を考えたのか?何を企んだのか?
僕には理解不能だった
行き先は店を終えたママたちがよく行く店らしく
深夜だというのに大流行だった
鈍感な僕は、ママたちの企みを理解するのには
かなりの時間を要したのだった
♪青い青い 月の下で
君に告げた 愛の言葉
好きと云われ 好きと云った
あれは夢か 遠い夢か
青い青い 月の下で
君は誰と いまは暮らす
僕にもどれ 君よもどれ
みんな夢か 遠い夢か
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湖の干拓地、区画整理が施され、道路や跨線橋か出来た
車も通らず人も通らない、街灯だけがあかあかと点っていた
暗闇を作る跨線橋の下が、僕たちの逢瀬の場所だった
許されたわずか十分足らずの逢い引き
鮮やかに甦るはるか遠い昔の青春
「母性愛欠乏症」と自虐的な自己診断による病名をつけた僕ではあったが、
それは一方で、僕なりの甘えの構造であり、僕なりの殻破り方策でもあった。
方策化された異性への繋がりに、堪らなく嫌気がさして、孤独の貝殻に閉じ籠った
数年間もあった。また一方で、男ばかりの土方的仕事に没入して、生身の男磨き?を
試みた時期もあった。
それらの混合体験が今の自分を形成したのかも知れない。
その時には自覚できていなくても、後から省みれば、それこそが男磨きであり、
人間形成だったのだと思う。そしてまたしても出逢った人たちすべてが残した
「どうしてそんなに苦しい方へ、苦しい方へ行くの?」の言葉が心の中に木霊する。
時を得て、草花が一斉に芽を出し、花を咲かす。
それを助けるかのように、適度な時期に適度な雨が降る。
自然とはそういうものだろう。
しかし、東北では極度の小雨と乾燥で、山火事が広がっている。
地震とのダブルパンチで、海岸からも山からも追いやられる。
逃げ場の無いダブルパンチだ。
災害列島~日本と言われて久しいが、これがこの国の宿命が。
大きく捉えれば、地球は刻々生きている。
地球の呼吸、地球のくしゃみ、地球の涙、地球の屈伸……
人間は蟻んこよりも儚い存在だ。巣は焼かれ蹴散らされ押し流される。
それでも彼らがまた巣作りを始めるように、人間もまたコツコツと
再建の道を歩む。宿命の中の葛藤と再生。
♪ちぎれたあの雲
見るたびに思うよ
君と僕と摘んだ
小さなすみれの花
愛らしいえくぼと
白いすみれの花
胸に焼きついてる
過ぎた日の思い出よ
ちぎれたあの雲
飛んでゆくその日は
君の澄んだ瞳
長くて黒い睫
思いだし一人で
丘の道を登り
雲に向かい叫ぶ
君だけが好きだよと
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修学旅行のバスの中で歌った
引っ込み思案の僕のことだったらから
少なからず驚きの声があがった
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こんな習性?は、大人になってからも変わらない
カラオケのマイクを通してしか
心を打ち明けることができない僕だった
それは…「青春時代」「逢わずに愛して」
「時代おくれ」「浪花恋しぐれ」
「悲しみは雪のように」「逢うたびに君は」
「そっとおやすみ」etc.