イメージは火花のようであり、とつぜんの風でひらく窓のようであり、
じわじわとにじみひろがるインクのようでもある。その群れを私は
流れるものは流れさせ、はびこるものははびこらせる。消えるか。のこるか。
いつか再生するか。苛酷な生の流れの少しはなれたところに体をおいてその
動静に眺め入る時間が貴重である。たいへん好きだ。
これらの群れは、いつも何か説明しにくい力である。たとえそれが、
たそがれの町角にのこる口笛の一節でも、新聞の三面記事の六行でも、
一帝国の興亡でも、私をとらえてはなさない力であることに変わりはない。
だから私はライオンの真似をすればライオンの爪や牙からのがれられると
思いこんでいた原始人に似ているのではないか。身ぶりをして憑きを
おとそうとして小説を書くのである。
【開口 健】

前農水大臣の辞任問題……特有のこととは受け止めていない。
昔、京都府がN知事のころ、僕は国道9号線で帰郷したのだが、京都府内はガタガタ道、
それが鳥取県に入った途端に、滑らか綺麗なアスファルト道路。
さすがにその時思ったネ……そこまでやるか?!……とね。
直近で言えば、沖縄でもそうじゃないですか……。
知事が代わった途端に、基地関係予算何増倍!
露骨過ぎるだろう!
それにしても、平議員?の時は問題視されなくて、大臣になった途端に殺られる……
まぁ、効果度から見れば、そうならざるを得ないのだろうが……どっちもどっちの
せこい闘いだ。
精一杯、一生懸命……
その姿、有り様は、たしかに今のあなたの最高、最善の姿でしょう。
でも、然るべき人から見れば、拙くまどろっこしく映ることでしょう。
【きはまりて 悲しき時に あらざれば 真の信は おこらざりけり】
その程度、段階の人に鉄槌を食らわしても、期待する程の反応はないでしょう。
我々が思う彼らの幸せは、彼らにとっては当たり前のことなのですから。
罰とも罪とも因果とも思えないことでしよう。
だからといって、強制的に苦境をもたらすのにも無理があります。
自然の摂理に基づいた現実でなければ、心の極まりは生まれようがありません。
人は心のどこかで思っているはずです……
「今日、こうして在るのは、己の力だ」……と。