わが家に続く坂道で
両腕をいっぱいに広げて
ヨチヨチ歩きのおまえを待つ母の姿は
すぐ傍で見ていて
羨ましいほどに…悔しいほどに…
慈愛に満ち溢れていた
俺もそうされたにちがいないのに
なぜか…おまえが羨ましかった
(十歳上の兄からの手紙)
フランス文学の大学教授になった君を
近所に住むN君が…「あんなフランスかぶれ」と
言い放ったのには、
何か特別な理由があったのだろうか?
そう考えてみれば、
僕にも似たような経験があったような…
同じ合唱団の中で、
彼が「鎌倉」の独唱のチャンスをもらった時の
僕の心
父は国語の教師だった
書道家だった
俳人だった
そして何より
詩人だった
躾らしい躾は受けた記憶がない
みんな文章化されたものだった
◯返事はハイッ!と元気よく
◯挨拶は人より先に
◯履き物を揃える
新聞紙を丸めて「面! スキあり!」とやられた
カナヅチを直そうと、海に放り投げられた
小学校の夏休みの日記帳に…
飛行機が白い煙を吐いて
みごとに空を真っ二つに割った…
と書いたら、「日記はその日にしたことを書きなさい」と赤ペンで
書かれていた。「だけど、これはイイ」とも。
父は妻(亡母)に恋をしていた…
永遠の恋をしていた…
だから、母が亡くなった時は、男泣きに泣いたらしい。
僕はまだ三才になった明くる日のことだから、何も知らない。
何も覚えていない。
(心の空洞)とは、このことを言うのだろう。
ぽっかりと無色透明の穴が僕の心を支配している。
その穴に色づけを試み、代替を求めたが、何一つ成就しなかった。
仮の宿…仮の部屋…仮の空間…
そして自ずと天空へと眼差しは移ろいゆく。
