なぜ「背景の記憶338」を書いたか?
向田邦子の「阿修羅のごとく」を読んだからである。
僕は作中の興信所の人間でも不倫の当事者でもないが、そんな事実がそこら中に
蔓延しているからこそ、小説にもなるわけで…
いや、それ以上に(事実は小説より奇なり)で、僕は何をやっているのだろう?…と
ひとしきり考えてみたわけだ。
やはり問題として浮かび上がってくるのは、「時代性」だろう。
耐える女の時代、我慢する女の時代、そこに生まれる男女の悲喜劇…
今なら、即離婚、即再婚…なんとも激しすぎるこの対比…
作中にも出てくるが、(人の心の見える望遠鏡)を発明してくれ…と言いたくなる。
K子は二十歳にしてT家の長男の嫁となり、懸命に仕え、かいがいしく家庭を守り続けた。
しかし主人の親の死去に伴い、噴出してきた遺産相続の争いに巻き込まれた。
嫁の立場の彼女は、ただ離れた場所からその成り行きを見守るしかなかった。
結果、父母の面倒など何もしなかった夫の兄弟姉妹たちが、当然の権利とばかりに
財産を奪い去って行った。
そこへ追い討ちをかけるように、夫の不倫が発覚した。当然ながら夫を問い詰めたが、
逆に開き直りの反応しかなかった。K子は絶望した。何のためのこれまでの人生だった
のか?と。
堪らなくなったK子は家を出て、ホテルに逃げ込んだ。そうでもしなければ、自分が
壊れてしまうと思った。ホテルで暮らした数日後、絶望の中でもわずかな落ち着きを
取り戻したK子は、心に浮かんだA夫にメールを送った。「話を聴いてください」
切実な願いだった。
【ソウルメイト】とは、血縁ではなく魂のつながりで、過去世で何度も
関係のあった人、あるいは親子や兄弟、恋人、あるいはその人生で
大きな影響を与えた他人など、輪廻の世界で関わってきた強い絆の人です。
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そう感じる人は、たしかに居るものです。
まさしくソウルのつながりであり、言葉を必要としません。
でも…これはプラスの関係だけではありません。
過去世の恨みを今生で晴らす…という残酷な世界もあるのです。
子が親を…親が子を…殺めるという残酷極まりない世界もあるのです。
そんなニュースを見聞きする度に、そんな連想をしてしまう僕です。
痴呆症の人を抱えた家族の問題は深刻である。
僕の身近でも存在している。
徘徊や金銭感覚の麻痺とかもあったから、大変だったらしい。
やがて介護施設のデイサービスのお世話になれたから一時凌ぎはできたけれとも、
問題は、在宅の過ごし方である。
伴侶がいるのだが、食欲は異常、なんでも何回でも食べる。
油断するとアルコールも見つけては飲む。トイレは異常なくらい頻繁に行く。
そこで伴侶がキレる。我慢ならずに暴力行為になってしまう。
徘徊防止のため、玄関にカギをかける。現代版座敷牢状態といっていい。
子供たち(と言ってもイイ大人だが)は、それぞれの立場で駆けつけてはいるが
もっとも深刻な現実には遭遇しない。「痴呆老人の接し方」といった教科書的
教訓は、現実の場面では何の意味も成さない。一歩間違えれば事件になりかねない。
昨日、顔面を拳で殴られたのだろう、目の縁を真っ黒にした悲惨な顔を目にした。
限界を超えた殺人事件のニュースも他人事ではない。