【捨てる神あれば拾う神あり】という…
まさにその通りで、思いがけない助け船に出会う。
今の世の中というのは、ごく一部の(一握りの)資産家達には天国だろう。
しかし、大多数の一般人にはまったく無縁の絵空事であり、むしろ一歩先は
断崖絶壁という条件下にいる人たちも大勢いる。いまだにコロナ禍を引きずって
いる人たちも少なくない。
簡単に勝ち組、負け組というけれど、その線引きには大いなる違和感を覚える。
街の商店街は、シャッター通りと揶揄されるほどに寂れきってしまっている。
勿論経営者自身の高年齢化や跡継ぎ問題もあるだろう。しかし果たしてそれだけ
だろうか?コンビニ、ドラッグストア、外食産業、等々、その広まりは
個人経営者の店舗や仕事場を、凄まじい勢いで奪い去ってゆく。
友人知人のなかでも、八百屋さん、ネクタイ屋さん、牛乳屋さん、本屋さん、
お米屋さん、等々…同様の下降線を辿っている。しかしその一方で、
自分自身も家族も、そうした部類の大型店へ足を向けているのも
動かしがたい事実でもある。なんという皮肉。
時の流れにこのみ埋没するか、浮き上がるか、大ジャンプするか
個人の能力レベルを、はるかに超えた次元の問題だと思うのは
僕だけだろうか?
いわゆる【富裕層】は、物質的、金銭的なソレであって
おそらくは…それこそが【幸せ】の根幹と思おうとしているにちがいない。
娯楽、旅行、住居、ショッピング…形あるものに快感(優越感)を得ようとしている。
そしてソレ以外の者の論調には、(負け犬の遠吠え)(負け惜しみ)くらいにしか
思っていないに違いない。
そしてさらには、人間同士でも、地域としても、あるいは田舎と都会としても、
もっといえば国家間においても、本質は同じなわけで…
僕は予言者でも占い師でもないが、おそらくは近い将来、◯◯ショックは必ず来る。
それは天が与えたもうた罰ではなく、自業自得の結末なのだ。
♪もう笑おう もう笑ってしまおう
昨日の酒は 冗談だったんだと
もう恨むまい もう恨むのはよそう
今宵の酒に 酔いしれて
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♪何気ない優しさが
僕の胸をしめつけた
この街で 僕を愛し
この街で 僕を憎み
この街で 夢をこわしたことも
君はきっと 忘れるだろう
それでもいつか どこかの街で
逢ったなら 肩をたたいて
微笑みあおう
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♪君のためにできることを
あれからずっと探してる
ぜんぶ抱きしめて
きみと歩いて行こう
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♪浴衣のきみは ススキのかんざし
熱燗徳利の首 つまんで
もう一杯いかがなんて
みょうに 色っぽいね
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♪今日も元気ですよと 答えたい
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♪悲しいだろう みんな同じさ
同じ夜を迎えてる
どうしてだろう この空しさは
誰かに逢えば 静まるかい
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♪君の欲しいものは何ですか
さりげない日々につまずいた僕は
星を数える僕になったよ
たしかなことなど何もなくて
ただひたすらに 君が好き
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♪心の中に傘を差して
裸足であるいてる
自分が見える
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♪君よ永遠の嘘をついてくれ
いつまでも種明かしをしないでくれ
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今はまだふたりとも旅の途中だと
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一度は夢を見せてくれた君はじゃないか
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彼のライブの歌声に…歌詞の中に…
自分の過去の想い出を重ね見て そして聞き入る
彼の栄華もどん底も、自分のことのように思えた あの頃…
中島みゆきが彼のラストソングとせず
尻をひっぱたいて、再起させた曲
彼にも迷いや挫折があったのだ
そもそも…道に迷いに迷って、うつむきショボショボと
歩いていたあの頃に届いた 驚愕の歌声~「結婚しようよ」
それからの半世紀
僕なら何を歌うだろう?
人生のラストソング
自分は自分であって
他の誰かさんではない
他人様の眼が作り上げた僕は
誰がなんと言おうと僕ではない
親のせいにして
辛うじて自分を保っている人を見る
その際どいアンバランスな心に同情を覚える
みんな みんな 似たり寄ったりさ
梅雨空のベタついた空気が
心の中まで染み込んでくる
吸い込んだ空気が 酸素が
脳まで届かずに
冴えない頭を さらに混乱させる
こんな時こそ こんな時こそ
母に居てほしい
言葉は要らない
温もりだけで 僕は救われる
天空の城に旅した夢を見る
虚像の世界のその中に
リアルな母の実像を発見する
しかし しかし
いつものように いつものように
母は僕を追い返す
まだ此処へは来てはいきません…と
自分も含めて、スポーツ界でもなんでも「日本代表」のワールドカップ戦となると
やはり力が入る。にわか評論家もたくさん出現するし、いわゆる外野も騒々しい。
サッカーでは、日本は惜しくも負けてしまった。佳境はこれからだというのに、
急激に興味が薄れてしまい、夜中に起きてまで見ようとは思わない。ということは、
真のサッカーファンではないのかも知れない。
要は、国を代表する戦いに、最大の意義があるのだろう。
それにしても、ずいぶんと前からの話だが、スポーツ界も商業主義に汚染?されて
やれいくら儲かった、賞金がいくらだ…というように視点がずれてしまったように思う。
憧れなのか羨望なのか…貧乏人の僕には理解不能の感覚だ。
トップアスリートが巨万の富を得て、その成れの果てが話題になることも珍しくない。
かといって、然るべきものがなければ何も出来ないのも事実なわけで…
軍事費の数パーセントでも、スポーツ界に回せば、もっと活性化できるだろうに。
サッカーで盛り上がっている同じ地球上で、殺し合いの戦争が行われているという
この現実。戦地の兵士たちも一喜一憂しているのだろうか?なんという矛盾。
球の蹴り合いと殺し合いを一緒にしちゃあダメだろう。