「むっつり助平」という言葉がある。
僕はその言葉をもろにぶつけられたことがある。
彼は当時の一方的片思いの彼女が、僕に気があると邪推してのことだった。
そのような事実はあろうはずもなく、僕はただ耐えるしかなかった。
生来、その方面では鈍感極まりない僕は??であった。だって当の本人とは
言葉も交わしたこともなかったのだから……。
しかし、事実はそのまた逆だった。
対象の彼女との距離が急接近したのだった。
いつもの習性で、僕は遠くから見ていた。人も物事も……。
ところが、彼女は違っていたのだ。
僕の形無き習性を、もろに受け止めてしまったのだった。
成就と言えば成就、悲劇と言えば悲劇。
またやらかしたか!
これは卒業したはずだった。
自分の心の中だけのドラマのはずだった。
不思議な現象だ……。
意は現に成る。
この時ほどテレパシーを如実に意識したことはない。
僕はこの世の【雑事】とまでは言いきる自信は無いが、一種の厭世感の中に
あることは確かなようだ。 政治にしろ何にしろ、滑稽極まりない茶番劇としか
映らない。責める側も責められる側も……。
それは、日本国で言えば、わすか数百年前とも何ら変わることはなく、
地球規模て言っても、同じことの繰り返し。
大局的に言えば、自ら発明したモノに牛耳られ、抹殺されようとしている。
この悲喜劇。
そのスケールは、自分の数メートルの範囲でさえ同類としか言いようがない。
人類は人類が首を締める。
人間は自らが首を締める。
それを歴史の大展開の中で、どれだけの人が実感しているのだろうか?
凄まじいはかりの世の中の変遷、展開の中で、動じないとする自分が、
果たして正解なのか?正論なのか?
「一切の善 一善に帰す」が、禅問答のように心の中を駆け巡る。
僕は何かに絶えず駆り立てられるように、その日その日を過ごしていた。
愛情の一番終わりの境界……その一線がハッキリと眼前に表出した。
涙は悲しみの表出てはなく、朝の草を飾る露のように自分の睫毛を濡らした。
それを機に、僕はピエロの仮面を脱ぎ捨てたような衝動を覚えたのだった。
脱出の日、片付けるものなど何一つ無いと言ってよかった。着の身着のまま
僕は脱出した。父の「お前は、脱出の名人だな……」という言葉が甦った。
スリルという言葉はあてはまらない、僕はこういう瞬間にいわば慣れていた。
18年間て唯一習得出来た特殊な【芸】だったのかも知れない。
半世紀以上を経た今日、僕はその芸を再現出させようとする自分に
驚きを隠せない。習癖は冬眠から覚めて甦るのだ。
あの時、「父よさらば、兄姉よさらば、可哀想な継母よさらば……」
と綴った言葉がまざまざと蘇ろうとしている。
結局のところ……その行き先は、実母の懐なのだが……
そしてまた、……ということは【X】にしかあり得ないのだが……。

京都の東南、坂の上のアパートには
これといった家具は一つもなくて
机代わりの電気コタツとダークブルーの寝袋がひとつ
階段の入り口ドアには
シルビーバルタンのポスターが一枚
朝に送り出し、夜に迎えてくれた
彼女の顔が別れたひとと重なって
僕はその唇にタッチするのだった