何気ない言葉や文章からでも、人の心は読み取れるものです。
書いた、話した本人が意図しなくとも、心は伝わり来るものです。
ちょっとした字句やちょっとしたトーンの中に、心は読み取れるものです。
だからといって、逆も又真なり~と行かないのがこの世の中。
そこまで言わすか…となった時には、僕は大概口をつぐむ。
何故なら、その段階ですでに心の通信線は、遮断されてしまっているから。
逆を言えば、今の世は一から十まで現実に声に出して言葉に置き換えなければ
伝わらない時代だから…。
「一を聞いて十を知る」が通用するのは、はるか遠い昔の夢物語なのだろう。
実の夫婦でさえ、実の親子でさえ…。
そう考えれば、目と目で会話が出来て、言葉なくして心が通じる【あなた】が
いるというのは、なんと幸せなことだろう。
○いい年をした男が、餓鬼のころからの淡い思いを未だに引きずっているというのは
恥ずべきことに違いありません。
○くだらない美意識を後生大事に持ち歩いて、すべてを自分が定めた様式の中に
おしこめようとして…
○二十代の初めのころからだろうか、私は自分が長い旅をしていると思うことが
よくあった。帰る場所のない旅、行き着く先の想像もつかない旅である。
「欲望」小池真理子
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一小説の中の何気ない一文であるが、自分のことを言い当てられているようで、
傍らのメモ帳に書き記した。自分だけではないんだという安心感と同時に、
言い当てられてしまった気恥ずかしさと…
しかし、小説の構成上欠かせない韻文であることは理解出来る。
こういう男はたしかに存在するのだ。生い立ちやのその後の性的行動も含めて…。
まるで自分がこの小説の題材になったかのような錯覚に陥る。
自分の中のもう一人の自分が嘯く
いや、違うか…
腹を立てている
何に対してか? それは判然としない
けれど、何かに苛立っている
これは久しい感慨だ
自己の中の何かが動き始めている
挑戦? 対抗? 復讐?
自分でも怖いくらいの言葉たちが沸き上がる
僕はいったい何に立ち向かおうとしているのか
鈍感男の真骨頂
僕は号砲が鳴って、はるか遅れて
スターティングブロックを蹴った