「母性愛欠乏症」と自虐的な自己診断による病名をつけた僕ではあったが、
それは一方で、僕なりの甘えの構造であり、僕なりの殻破り方策でもあった。
方策化された異性への繋がりに、堪らなく嫌気がさして、孤独の貝殻に閉じ籠った
数年間もあった。また一方で、男ばかりの土方的仕事に没入して、生身の男磨き?を
試みた時期もあった。
それらの混合体験が今の自分を形成したのかも知れない。
その時には自覚できていなくても、後から省みれば、それこそが男磨きであり、
人間形成だったのだと思う。そしてまたしても出逢った人たちすべてが残した
「どうしてそんなに苦しい方へ、苦しい方へ行くの?」の言葉が心の中に木霊する。
時を得て、草花が一斉に芽を出し、花を咲かす。
それを助けるかのように、適度な時期に適度な雨が降る。
自然とはそういうものだろう。
しかし、東北では極度の小雨と乾燥で、山火事が広がっている。
地震とのダブルパンチで、海岸からも山からも追いやられる。
逃げ場の無いダブルパンチだ。
災害列島~日本と言われて久しいが、これがこの国の宿命が。
大きく捉えれば、地球は刻々生きている。
地球の呼吸、地球のくしゃみ、地球の涙、地球の屈伸……
人間は蟻んこよりも儚い存在だ。巣は焼かれ蹴散らされ押し流される。
それでも彼らがまた巣作りを始めるように、人間もまたコツコツと
再建の道を歩む。宿命の中の葛藤と再生。
♪ちぎれたあの雲
見るたびに思うよ
君と僕と摘んだ
小さなすみれの花
愛らしいえくぼと
白いすみれの花
胸に焼きついてる
過ぎた日の思い出よ
ちぎれたあの雲
飛んでゆくその日は
君の澄んだ瞳
長くて黒い睫
思いだし一人で
丘の道を登り
雲に向かい叫ぶ
君だけが好きだよと
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修学旅行のバスの中で歌った
引っ込み思案の僕のことだったらから
少なからず驚きの声があがった
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こんな習性?は、大人になってからも変わらない
カラオケのマイクを通してしか
心を打ち明けることができない僕だった
それは…「青春時代」「逢わずに愛して」
「時代おくれ」「浪花恋しぐれ」
「悲しみは雪のように」「逢うたびに君は」
「そっとおやすみ」etc.
人生に対する冷笑もなければ諦めもなく、かといって、根拠のない自信に
支えられているといったふうでもない。どんな種類の悲劇と隣り合わせで
生きていかねばならないとしても彼は決して絶望せず、与えられた生命を
謳歌してやまずにいられる。すくすくとのびやかに生きていける。
【小池真理子「存在の美しい哀しみ」
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ひとつの生き方として、「自分は苦労した、苦労した…」と自ら話すひとの生き方には
少なからず嫌悪感を抱く。そんなことこれっぽっちも出さないで、しれっとさりげなく
事も無げに生きろよと言いたくなる。
生まれにしろ、育った環境にしろ、対した人たちにしろ、すべてを肯定して受け入れて
前だけ向いて、目線を上げて、口笛吹いて、、、
♪空に向かってあげた手に
若さがいっぱい飛んでいた
学園広場で肩組み合って
友と歌った若い歌
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♪泣かないって約束したのに
さよならって言ったら
何にも言わずに横向いた
お下げが風に揺れていた
忘れないさ 忘れないさ
好きなのさ