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「事実は小説より奇なり」(バイロン)

「Truth is stranger than ficthon」(マーク・トウエイン)

最近、どういうわけか<涙もの>に触れる機会が多い。

感動的な話は、名もなき人たちのささやかな生活の中にあることを思い知らさ

れる。そしてそれらの実話の中に、学ぶべきこと、見習うべきことの如何に多

いことか。

『名もなく貧しく美しく』の現代版は、あそこにもここにも・・・

目の向けどころを考え直そう。

心の接しどころを見つめ直そう。















 

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posted by わたなべあきお | - | -

隔生忘却

行ったこともない場所を懐かしむ

逢ったこともない人が懐かしい

これって何?

そうか・・・

前世で其処に生きたのか

前世にあなたと暮らしてたのか

親子としてか

夫婦としてか

恋人同士としてか

隔生忘却

断片を拾い集めれば遠い昔に辿り着く

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グー!

夫婦愛を再認識しなさい

親子愛を再認識しなさい

家族愛を再認識しなさい

自己愛を捨てて、後回しにして、最後尾において

見つめ直そう

隣で眠る妻を

仕事に勤しむ息子たちや娘を

息子の嫁や孫たちを・・・

面倒くさがらず

話しを最後まで聞いて

目を逸らさず

心の中で親指を立て「グー!」と言って微笑みましょう

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ピエロ

究極の自己分析

悲しいまでのピエロ性

顔で笑って、心で泣いて・・・

夜の夢旅行が無ければ、昼の現実を生きられない

心の暖炉は、いつもチロチロ燃えている

薪を一本また一本・・・

絶えることは無いさ

その薪の栄養素は何ぞや

泪、慈愛、献身、抱擁・・・

それらの発信者よ

此処に帰れ

そして、共に深い眠りに落ちよう

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「窓」

ジャーナリストで、作家でもある大谷昭宏さんが、読売新聞の記者をされていた頃「窓」という欄を担当しておられた。その欄にこんな内容の記事が載りました。

広島の女子高生のA子ちゃんは生まれた後の小児麻痺が原因で足が悪くて、平らなところでもドタンバタンと大きな音をたてて歩きます。

この高校では毎年7月になると、プールの解禁日にあわせて、クラス対抗リレー大会が開かれます。一クラスから男女二人ずつ四人の選手を出して、一人が二十五メートル泳いで競争します。この高校は生徒の自主性を非常に尊重し、生徒たちだけで自由にやるという水泳大会で、その年も、各クラスで選手を決めることになりました。

A子ちゃんのクラスでは男二人、女一人は決まったのですが、残る一人が決まらなかった。そこで、早く帰りたくてしょうがないそのクラスのいじめっ子が、「A子はこの三年間体育祭にも出ていない。何もクラスのことをしていないじゃないか。三年の最後なんだから、A子に泳いでもらったらいいじゃないか」と意地の悪いことを言いました。

A子ちゃんは誰かが味方してくれるだろうと思いましたが、女の子が言えば自分が泳がなければならないし、男の子が言えばいじめっ子のグループからいじめられることになり、誰も味方してくれませんでした。結局そのまま泳げないA子ちゃんが選手に決まりました。

家に帰りA子ちゃんは、お母さんに泣いて相談しました。ところが、いつもはやさしいお母さんですが、この日ばかりは違いました。「お前は、来年大学に行かずに就職するって言ってるけど、課長うさんとか係長さんからお前が出来ない仕事を言われたら、今度はお母さんが『うちの子にこんな仕事をさせないでください』と言いに行くの?たまには、そこまで言われたら『いいわ、私、泳いでやる、言っとくけど、うちのクラスは今年は全校でビリよ』と、三年間で一回くらい言い返してきたらどうなの」とものすごく怒りました。

A子ちゃんは泣きながら、二十五メートルを歩く決心をし、そのことをお母さんに告げようとしてびっくりしました。仏間でお母さんが髪を振り乱し、「A子を強い子にしてください」と必死に仏壇に向って祈っておられた。

水泳大会の日、水中を歩くA子ちゃんを見て、まわりから、わあわあと奇声や笑い声が聞こえてきます。彼女がやっとプールの中ほどまで進んだその時でした。一人の男の人が背広を着たままプールに飛び込みA子ちゃんの横を一緒に歩き始めた。それは、この高校の校長先生だったのです。「何分かかってもいい。先生が一緒に歩いてあげるからゴルまで歩きなさい。はずかしいことじゃない。自分の足で歩きなさい」と励まされた。

一瞬にして奇声や笑い声は消え、みんなが声を出して彼女を応援し始めた。長い時間をかけて彼女が二十五メートルを歩き終わった時、友達も先生も、そしてあのいじめっ子グループもみんな泣いていました。

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背景の記憶(291)

失恋は多いほど肥しになると言うけれど

それは後になってから言えることであって

正にその瞬間は絶望と悲しみのどん底にありました。


それにしても、僕をふった(結果的に)女性たちは

大人だったなぁ〜と思う。

僕の後遺症まで心配してくれたんだからな。

さりげないフォローと言うか、薬(?)の処方と言うか

気配りが細かすぎた。


さて、僕個人で振り返れば

子供だった(幼かった)の一言に尽きるのだが

それを早く逝ってしまった母の所為には絶対にしたくない。

大方の人たちが持ち合わせている大きな何かが欠けた存在

しかし、むしろその欠落部分が僕の最大の宝物

そう思えるようになったのも、随分時が経過してからのことだけど・・・


この歳になって

「グッバイ青春」とはなかなか割り切れない自分がいる

大切な宝物

己の中核を構成しているもの

恋の結晶ならぬ失恋の結晶が

今も心の憶測でチラチラと燃えている

貴女の心に同じ灯はありますか?

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posted by わたなべあきお | - | -

心眼

この歳になって

もう俺は一個の完成品だ・・・なんて思えないんだよ

未熟、未完成とかじゃなくて

新しい出会いがまだまだあるんじゃないか

人も、物も、景色も、学びも


一端やり遂げた感の人の言葉は

僕には虚しく響く

その先というより

その奥、そしてそのまた奥という感じかな


最近、涙もろくなってきたように思う

人知れず起こっている小さな出来事や言葉に

涙腺が緩む

泪が溢れる

世の中ってそういうことだろう

それらに触れるチャンスがもらえるかどうかだろう


今まで以上に

物事や人を凝視しようと思う

偉ぶるんじゃなくて

心眼を持ちたいと切実に思う

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posted by わたなべあきお | - | -

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