♪名前も知らない あなたと私
なのに不思議ね 胸がときめく
恋はこうして 生まれるものなのね
教えてほしい あなたのすべてを
今宵ひとりで歌う あなたへの歌
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カラオケ🎤🎶がブームの頃
あるスナックでよく逢う女性がいた
名前も知らないし、グループも違ったのだが
歌う歌の傾向が似ていた
僕の歌に一際拍手を送ってくれた人だった
その店が閉店時間となって、タクシーを呼んでもらったら
ママが「なべちゃん、一軒付き合って」と言った
そしたらその彼女も乗り込んできた
ママは何を考えたのか?何を企んだのか?
僕には理解不能だった
行き先は店を終えたママたちがよく行く店らしく
深夜だというのに大流行だった
鈍感な僕は、ママたちの企みを理解するのには
かなりの時間を要したのだった
♪青い青い 月の下で
君に告げた 愛の言葉
好きと云われ 好きと云った
あれは夢か 遠い夢か
青い青い 月の下で
君は誰と いまは暮らす
僕にもどれ 君よもどれ
みんな夢か 遠い夢か
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湖の干拓地、区画整理が施され、道路や跨線橋か出来た
車も通らず人も通らない、街灯だけがあかあかと点っていた
暗闇を作る跨線橋の下が、僕たちの逢瀬の場所だった
許されたわずか十分足らずの逢い引き
鮮やかに甦るはるか遠い昔の青春
「母性愛欠乏症」と自虐的な自己診断による病名をつけた僕ではあったが、
それは一方で、僕なりの甘えの構造であり、僕なりの殻破り方策でもあった。
方策化された異性への繋がりに、堪らなく嫌気がさして、孤独の貝殻に閉じ籠った
数年間もあった。また一方で、男ばかりの土方的仕事に没入して、生身の男磨き?を
試みた時期もあった。
それらの混合体験が今の自分を形成したのかも知れない。
その時には自覚できていなくても、後から省みれば、それこそが男磨きであり、
人間形成だったのだと思う。そしてまたしても出逢った人たちすべてが残した
「どうしてそんなに苦しい方へ、苦しい方へ行くの?」の言葉が心の中に木霊する。