「母性愛欠乏症」と自虐的な自己診断による病名をつけた僕ではあったが、
それは一方で、僕なりの甘えの構造であり、僕なりの殻破り方策でもあった。
方策化された異性への繋がりに、堪らなく嫌気がさして、孤独の貝殻に閉じ籠った
数年間もあった。また一方で、男ばかりの土方的仕事に没入して、生身の男磨き?を
試みた時期もあった。
それらの混合体験が今の自分を形成したのかも知れない。
その時には自覚できていなくても、後から省みれば、それこそが男磨きであり、
人間形成だったのだと思う。そしてまたしても出逢った人たちすべてが残した
「どうしてそんなに苦しい方へ、苦しい方へ行くの?」の言葉が心の中に木霊する。