激しい雨の日は
あなたの無事を祈りましょう
しとしと雨の日は
あなたの心を思いましょう
冷たい雨の日は
この手の温もりを届けましょう
どんな雨を降らす雲だって
その向こうはいつも青空
そこにあなたの笑顔を見るでしょう
スポーツ界でも芸能界でも、あらゆる分野で、様々なハラスメントが報じられる。
言葉こそ現代っぽいが、これは昔からあったことであり、「鍛える」とか
「しごき」とかいう言葉に隠されていたが、全くのハラスメントそのものだった。
高校二年の時、校内でも有名な教師が僕のクラスの担任となった。
僕は家庭内の複雑な事情もあって、ほとんど勉学に励めない状況下にあった。
そんな時、僕は職員室に呼び出された。開口一番いきなり怒鳴りつけられた。
そして・・・
「お前は、今の成績はサッパリだが、どういうわけか(?)入試の成績が
やたらと良くて、現在トップ50にぶら下がっている(?)これからどうする
つもりなんだ!もう大学入試は始まっているも同然なんだぞ!」
僕は言葉を返す気力もなく黙っていると、「壁にむかって立っとれ!」と
怒鳴りつけられた。他の先生方が憐みの目を向けていた。
それから数か月間、僕は登校拒否状態になった。
ステファニー先生と並んで、もう一人女性の恩師がいる。それは卓球の韓先生。
中国の帰化選手で大学選手権で二連覇した人だ。ご主人は王さん、当時ひわこ銀行
のエースで、これまた全日本のチャンピオンだ。
健康のためと思い、始めた卓球で、僕はクラブ結成の時、誘いを受けた。
10人ほどが集まり、僕は一番下手くそだった。
そのクラブが韓先生のレッスンを受けることになり、僕も勇んで参加した。
レッスンが二、三回進んだ頃、僕は先生に声をかけられた。
「わたなべさん、三年我慢して上手くなりませんか?」僕は即OKをした。
他の人たちと言えば、「試合に勝てることを教えて!」とか、先生に試合で挑むと
いうような姿勢だったので、先生はそういう人たちには、適当に相手して、
お義理で「ナイスボール!」というような状態で、それは僕の素人目にも明らか
だった。先生は僕と同じ左利きで、それも幸いした。僕はペンホルダーだった
のだが、先生の薦めでシェイクハンドに変えた。超嬉しいことに、先生の使って
おられたラケットを「どうぞ!」とプレゼントされたのだ。レッスンは厳しかっ
た。最初の何ヵ月かはダメ出しの連続だった。でも次第にOKが出るようになり、
レッスンは順調に進んで行った。
そうしたある日、先生の教え子の100人くらいの合同練習が行われた。
そこで何と僕はバックショートの練習の見本で指名されて、その大勢の注目の中、
先生とのレッスンをさせてもらった。予想外に10回、20回とミスなく続けることが
出来て、拍手が起こるほどだった。これには先生も大満足で、親指を立ててグッ
ド!とのサインを送ってくださった。
そして・・・