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黒い宿り木

何色が好き?と問われれば

「黒」と答える

他には?と問われれば

「白」と答える

もう一つ?と問われれば

「ダークブルー」と答える

・・・これで大体僕の内的イメージが分かろうというものでしょう


過去のブログ

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雨の日は

激しい雨の日は

あなたの無事を祈りましょう

しとしと雨の日は

あなたの心を思いましょう

冷たい雨の日は

この手の温もりを届けましょう

どんな雨を降らす雲だって

その向こうはいつも青空

そこにあなたの笑顔を見るでしょう

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背景の記憶(328)

スポーツ界でも芸能界でも、あらゆる分野で、様々なハラスメントが報じられる。

言葉こそ現代っぽいが、これは昔からあったことであり、「鍛える」とか

「しごき」とかいう言葉に隠されていたが、全くのハラスメントそのものだった。


高校二年の時、校内でも有名な教師が僕のクラスの担任となった。

僕は家庭内の複雑な事情もあって、ほとんど勉学に励めない状況下にあった。

そんな時、僕は職員室に呼び出された。開口一番いきなり怒鳴りつけられた。

そして・・・

「お前は、今の成績はサッパリだが、どういうわけか(?)入試の成績が

やたらと良くて、現在トップ50にぶら下がっている(?)これからどうする

つもりなんだ!もう大学入試は始まっているも同然なんだぞ!」

僕は言葉を返す気力もなく黙っていると、「壁にむかって立っとれ!」と

怒鳴りつけられた。他の先生方が憐みの目を向けていた。

それから数か月間、僕は登校拒否状態になった。


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卓球コーチ

ステファニー先生と並んで、もう一人女性の恩師がいる。それは卓球の韓先生。

中国の帰化選手で大学選手権で二連覇した人だ。ご主人は王さん、当時ひわこ銀行

のエースで、これまた全日本のチャンピオンだ。

健康のためと思い、始めた卓球で、僕はクラブ結成の時、誘いを受けた。

10人ほどが集まり、僕は一番下手くそだった。

そのクラブが韓先生のレッスンを受けることになり、僕も勇んで参加した。

レッスンが二、三回進んだ頃、僕は先生に声をかけられた。

「わたなべさん、三年我慢して上手くなりませんか?」僕は即OKをした。

他の人たちと言えば、「試合に勝てることを教えて!」とか、先生に試合で挑むと

いうような姿勢だったので、先生はそういう人たちには、適当に相手して、

お義理で「ナイスボール!」というような状態で、それは僕の素人目にも明らか

だった。先生は僕と同じ左利きで、それも幸いした。僕はペンホルダーだった

のだが、先生の薦めでシェイクハンドに変えた。超嬉しいことに、先生の使って

おられたラケットを「どうぞ!」とプレゼントされたのだ。レッスンは厳しかっ

た。最初の何ヵ月かはダメ出しの連続だった。でも次第にOKが出るようになり、

レッスンは順調に進んで行った。

そうしたある日、先生の教え子の100人くらいの合同練習が行われた。

そこで何と僕はバックショートの練習の見本で指名されて、その大勢の注目の中、

先生とのレッスンをさせてもらった。予想外に10回、20回とミスなく続けることが

出来て、拍手が起こるほどだった。これには先生も大満足で、親指を立ててグッ

ド!とのサインを送ってくださった。

そして・・・


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