卓球コーチ

ステファニー先生と並んで、もう一人女性の恩師がいる。それは卓球の韓先生。

中国の帰化選手で大学選手権で二連覇した人だ。ご主人は王さん、当時ひわこ銀行

のエースで、これまた全日本のチャンピオンだ。

健康のためと思い、始めた卓球で、僕はクラブ結成の時、誘いを受けた。

10人ほどが集まり、僕は一番下手くそだった。

そのクラブが韓先生のレッスンを受けることになり、僕も勇んで参加した。

レッスンが二、三回進んだ頃、僕は先生に声をかけられた。

「わたなべさん、三年我慢して上手くなりませんか?」僕は即OKをした。

他の人たちと言えば、「試合に勝てることを教えて!」とか、先生に試合で挑むと

いうような姿勢だったので、先生はそういう人たちには、適当に相手して、

お義理で「ナイスボール!」というような状態で、それは僕の素人目にも明らか

だった。先生は僕と同じ左利きで、それも幸いした。僕はペンホルダーだった

のだが、先生の薦めでシェイクハンドに変えた。超嬉しいことに、先生の使って

おられたラケットを「どうぞ!」とプレゼントされたのだ。レッスンは厳しかっ

た。最初の何ヵ月かはダメ出しの連続だった。でも次第にOKが出るようになり、

レッスンは順調に進んで行った。

そうしたある日、先生の教え子の100人くらいの合同練習が行われた。

そこで何と僕はバックショートの練習の見本で指名されて、その大勢の注目の中、

先生とのレッスンをさせてもらった。予想外に10回、20回とミスなく続けることが

出来て、拍手が起こるほどだった。これには先生も大満足で、親指を立ててグッ

ド!とのサインを送ってくださった。

そして・・・


卓球.jpg

ある年の忘年会の二次会で、カラオケがあり、先生の番になった時、先生は

僕をデュエットの相方に指名してくださった。曲は「いつでも夢を」

故郷(青島)でもよく歌われた曲と言っておられた。

なんでもご姉妹は女優と歌手とか(スゴイ!)

かなりたくさんの卓球選手たちが世界へ散らばり活躍している。

僕の知る範囲でもかなりの中国人選手が日本へ来ている。

人によっては、ネームバリューで、実技は無く、ただアドバイスだけで

万単位のレッスン料を払うという話も聞いた。

その点、僕たちの先生はリーズナブルだった。

と言うよりは、良心的だったというべきか。

posted by わたなべあきお | comments (0) | trackbacks (0)

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