<< 2026/07 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

再会

人間の記憶というのは、曖昧なものだなとつくづく思う。

歳のせいでもないだろうが「背景の・・・」で、過去にも書いたことを再度書くこともある。

その内容を比べてみると、微妙に違いがあるのがわかる。

過去の事実も、時とともに変形してゆくものなのかもしれない。

個人的体験を題材にした小説が、時に色濃く脚色されて行くのに似ているのかもしれない。

僕は、甘いと言われるだろうが、基本的に人間〜性善説派だから、あまりひとの悪口を書くことはないのだが、同じことを相手がどう捉えていたか、どう感じていたかは、これまた別の問題なのだろう。

異性であれ、同性であれ、今この年齢になって、ともに酒を酌み交わしながら語り合うことができたなら、どんなに嬉しいことだろう。

でも、そう思う人たちの中で、あのひともこのひとも・・・もう逢うことのできない人がいるというのも悲しい現実だ。もちろん音信不通の人もいる。所は知っているけどこちらから語れない人もいる。

結局はまた、この半バーチャルな世界で再会するしかないのだ。

28.2.1-6.jpg

posted by わたなべあきお | - | -

背景の記憶(209)

小学校時代・・・
「あそこは行っちゃダメ!」という場所へ、僕は普通に遊びに行って、ワルと言われていた彼のお母さんに、夕ご飯までごちそうになって帰った。
教師の父は、そのことを耳にしていたのだろうけど、僕には何も言わなかった。

同じく小学校時代・・・
休みがちの同級生の家へ、学級委員として誘いに行った。あの時代はほとんどが粗末な身なりではあったけれど、彼は特別だった。僕自身は、そこまで深くは考えなかったから、言わば軽い気持ちで誘いに行ったのだが・・・彼の鋭い眼差しに跳ね返された。お母さんの目は、彼ほどではなかったけれど、それでも拒絶する目に変わりはなかった。僕なりに、「僕は甘いな・・・世間を知らなすぎるな・・・」と落ち込んだ。

中学校時代・・・
卒業を目前にした予餞会。各クラスがそれぞれに出しものをした。コーラスあり、寸劇あり、いろいろだった。僕のクラスは、僕自身の統率力の欠如もあって、まとまらなかった。そんな時、クラス一のワルだったU君が、「オレがやる」と申し出た。みんな驚いたが、やがて拍手が沸いた。彼はヘアースタイルもそっくりにして舟木一夫の「高校三年生」を歌って拍手喝采を浴びた。

高校時代・・・
僕自身が落ちこぼれた。・・・というか、自身の意志で意図的に脱線した。進学校の中での独自路線は徹底的な晒し者になった。職員室で「壁に向かって立っておれ」と言われたこともあったし、クラスメートの冷ややかな目線も辛かった。救いは担任のK先生と隣の席のKさんだった。先生は、あらゆることを踏まえた上で理解してくれて陰ながら応援してくれた。Kさんは、賢いけれどぐれた様なところがあって、妙に僕の心の奥を見透かしていた。彼女も親が教師だったのかもしれない。後年、同窓会で一緒になったとき、彼女に言われた。「オウム事件の時、てっきりわたなべ君だと思ったんだから・・・」と。

無意識のうちに、僕は人の心を、特にその裏側を見てしまう、見えてしまうところがあったのかも知れない。28.2.1-7.jpg

posted by わたなべあきお | - | -

魂のリフレイン

漫然とバットを千回振るのではなく
この一振り
この一振り
の積み重ねの千回が
すばらしい一打を生み出す基となる

他事も一緒でしょう

まして、他人様のための祈りとなれば
この一念
この一念
この一口
この一口
こそが天に通じるというものでしょう

心を込めた一つではなく
心を
魂を
込めた千遍、万遍なのだと

己が身のための
それは
なんと虚しいことでしょう
天も助けず・・・は明白です



28.2.1-10.jpg

posted by わたなべあきお | - | -

頭でっかち

頭でっかち

頭でっかち

行いが伴わない

口では偉そうなことを言う

実がない

実がない

もっと落ちてみよう

底の底を見てみよう

昨日の空は抜けるように青かった

垣間見せられたような気がしたのです

希望を捨てるなよ・・・と

28.2.1-1.jpg

posted by わたなべあきお | - | -

CRY CRY CRY

ひとつ山を越えれば
また次の山が迫る

ひとつ谷を渡れば
また次の谷に出くわす

野営のテントは破れて
雨風も凌げない

携帯が震える
確認しなくても分かっているさ

出れば
発する言葉が嘘となる

出なければ
なおのこと罪深くなる

迷路という認識はない
向かう方向は間違っちゃいない

如何せん
障害物が多すぎる

人力でしかも独りで
跳ね除けるには重すぎる

CRY CRY CRY

posted by わたなべあきお | - | -

置き石

制限時間は三十分

跨線橋の下で待ち合わせ

その瞬間に生きて

明日のことなど考えなかった

そう・・・

考えなかったのは男の僕で

女のきみはリアルに先を思い描いていた

父のお気に入りのきみは

二歩も三歩も前を歩いていた

敷かれたレールがあまりに真っ直ぐすぎて

僕は置き石をしてしまった

posted by わたなべあきお | - | -

春夏秋冬

春はコバルトブルー
あたたかい陽射しのなかで
きみはあざやかなブルーのシャツを着た
学生服で坊主頭の僕は
そんな色の対比に戸惑った

夏は満天の星空
離れ小島の海岸の小舟で
二人並んで降るような星を見上げた
打ち寄せる波の音に
僕の胸の鼓動は隠されただろうか

秋は紅葉の東福寺
アパートに向かう坂道を
二人腕を組んで靴音を響かせた
歩調を合わせる僕に
きみはわざとずらしていたずらっぽく笑った

冬は震えるような小部屋
たったひとつのブルーの寝袋で
ふたり向い合せに入った
はじめ狭くて冷たい空間が
夢見るような暖炉の光に包まれた

28.1.29-1.jpg

posted by わたなべあきお | - | -

背景の記憶(208)

前記事の内容に似て、僕にも似通った経験がある。あれは高卒後の18歳のことか・・・僕はある宗教団体に所属していて、専従布教師の見習いとして、岡山県にある支部に派遣された。先輩先生のもとで種々勉強をさせていただいたわけだ。

ある日の事、未舗装の道路を先輩の運転するバイクの後ろに乗せられて走行中、車輪が砂利に引っ掛かって左右にぶれた。そのはずみで僕は後方に大きく振り落されて、顔面と言わず腰と言わず路面に激しく打ちつけられしまった。

その直後のことはまったく記憶がなく、気が付いたら僕は布教所の布団の上に寝かされていた。事故後まる二日、僕が記憶を失っていたらしい。所属していた宗教団体は、教義として余程の事がない限り、病院へは行かなかったのだ。

意識は回復したが、打撲は凄まじかったようで、僕は寝返りさえうてない状態だった。眼鏡と時計のせいで、右の眉毛の横と、右手首にかなりの傷を負っていた。一旦目覚めたものの、その後はまたしても昏睡状態となり眠りつづけたらしい。

布教所はご信者である農家の母屋の離れの二階にあった。母屋には横須賀に嫁いでいた娘のA子さんがお産のため帰省していた。25〜26才だったろうか。すでにお産を終えた身で、そのひとが僕の世話をしてくれた。赤ちゃんのことだけでも大変だったろうに、意識のない時も、ずっとそばにいてくれたらしいかった。

身体を拭いてくれたり、包帯を取り換えてくれたり、おそらくは下の世話もしてくれたろうに、僕にはその記憶がまったくない。二週間目にやっと僕は起き上がりトイレに行くことができたのだった。

事故から一週間くらい経ったとき・・・

続きを読む>>

posted by わたなべあきお | - | -

背景の記憶(207)

 空には梅の花が、土には福寿草が、春の光をいっぱい浴びています。その光の中から嬉しいお便りが届きました。思いがけないお便りに接して、今日は一日、うきうきしております。
 歌友・・・なんてよい言葉でしょうか。三國さんのような方に、歌友なんて呼んでいただけて幸せいっぱいです。

 わが歌に熱きおもいを寄せたまいし君の消息絶えて久しも

・・・とかなしいい思いを詠まずにいられなかった時もありました。でも、三國さんの美しいお言葉の詰まったお便りをいただくだけで、そんな寂しい日々のことなど、吹き飛んでしまいます。

            「沈黙のひと」 小池真理子



亡き父にも・・・

続きを読む>>

posted by わたなべあきお | - | -

相棒

孤独なとき


本は


いつも


相棒になってくれる

posted by わたなべあきお | - | -

▲page top