なぜ「背景の記憶338」を書いたか?
向田邦子の「阿修羅のごとく」を読んだからである。
僕は作中の興信所の人間でも不倫の当事者でもないが、そんな事実がそこら中に
蔓延しているからこそ、小説にもなるわけで…
いや、それ以上に(事実は小説より奇なり)で、僕は何をやっているのだろう?…と
ひとしきり考えてみたわけだ。
やはり問題として浮かび上がってくるのは、「時代性」だろう。
耐える女の時代、我慢する女の時代、そこに生まれる男女の悲喜劇…
今なら、即離婚、即再婚…なんとも激しすぎるこの対比…
作中にも出てくるが、(人の心の見える望遠鏡)を発明してくれ…と言いたくなる。
K子は二十歳にしてT家の長男の嫁となり、懸命に仕え、かいがいしく家庭を守り続けた。
しかし主人の親の死去に伴い、噴出してきた遺産相続の争いに巻き込まれた。
嫁の立場の彼女は、ただ離れた場所からその成り行きを見守るしかなかった。
結果、父母の面倒など何もしなかった夫の兄弟姉妹たちが、当然の権利とばかりに
財産を奪い去って行った。
そこへ追い討ちをかけるように、夫の不倫が発覚した。当然ながら夫を問い詰めたが、
逆に開き直りの反応しかなかった。K子は絶望した。何のためのこれまでの人生だった
のか?と。
堪らなくなったK子は家を出て、ホテルに逃げ込んだ。そうでもしなければ、自分が
壊れてしまうと思った。ホテルで暮らした数日後、絶望の中でもわずかな落ち着きを
取り戻したK子は、心に浮かんだA夫にメールを送った。「話を聴いてください」
切実な願いだった。