なぜ「背景の記憶338」を書いたか?
向田邦子の「阿修羅のごとく」を読んだからである。
僕は作中の興信所の人間でも不倫の当事者でもないが、そんな事実がそこら中に
蔓延しているからこそ、小説にもなるわけで…
いや、それ以上に(事実は小説より奇なり)で、僕は何をやっているのだろう?…と
ひとしきり考えてみたわけだ。
やはり問題として浮かび上がってくるのは、「時代性」だろう。
耐える女の時代、我慢する女の時代、そこに生まれる男女の悲喜劇…
今なら、即離婚、即再婚…なんとも激しすぎるこの対比…
作中にも出てくるが、(人の心の見える望遠鏡)を発明してくれ…と言いたくなる。