象は己の死を覚悟した時、ヒトリ静かに群れを離れていくという。
秋元康の同名小説(映画)の主人公は、余命半年の癌を宣告され、
かって関わった幼なじみや恋人、仕事上の相手等々…を巡り歩くわけだが、
僕的には、それらの人々と直接逢うことでもって、様々な現実を突き付け
られるよりは、想い出は想い出のままで、その時々で留めておきたい。
しかし、しかし、…逆の立場だったらどうだろうか?
幼なじみが…クラブの同僚が…片想いの彼女が…失恋相手が…突然現れたら、
どう対処するだろう?
ここには年齢というものが立ちはだかる。壮年期、晩年…のそれぞれの壁
自己満足か自己欺瞞か…夢追い人か夢芝居か…
なぜか、"はしだのりひこ"の歌を口ずさむ
♪ひとは誰もただひとり旅に出て
ひとは誰もふるさとをふりかえる
帰っておいでよとふりかえっても
そこにはただ風がふいているだけ…
この人生の最晩年に、人を巡るというよりは、土地を巡ろうと考える自分がいる。
生まれ故郷の隠岐の島、学生時代の松江市、放浪時代の…萩市、広島市、
岡山県の田舎、再び隠岐の島(島後)、博多、鹿児島、、、、
気楽な車旅か、のんびりとした列車の乗り継ぎか、、、夢は尽きない。
