メソッドは無能な者を掬いあげるための方便のようなものですが、メソッドで得られるものはせいぜいが並の上といったあたりの常識的な世渡りにすぎません。努力も同様です。頑張ればなんとかなるなどということをしんじているような者は敗者です。
父の念頭に社会性云々があったならば私をちゃんと通学させたでしょう。けれど父にとって学校教育など、どうでもよかったのです。ですから強制的な読書で文章が書けるようになるのかと問われれば、私の場合はそうだ、と答えましょう。脳も軀の一部であるがゆえに、筋肉と同様に負荷を与えなければ瘦せ細っていくのではないか。そんな屁理屈を胸に、私はいまでも読んで理解のできない書物を好んでひらくのです。
以前に引用したA・ジェンセンの『知能は遺伝的要因で八十パーセント、環境要因で二十パーセントがけっていされてしまう』という研究結果は実感的に正しいと感じられます。穴のあいた水瓶に水を注いでも無駄であるということです。
「父の文章教室」 花村萬月
僕は一番が嫌いだった。いや、一番には逆立ちしてもなれなかったのだから
言い方を変えれば、二番、三番というポジションが居心地よかった。
僕の小学校時代は三学期制で、一学期の学級委員は一番賢いやつ(がり勉くん)が
任命されていた。三年生から六年生まで、僕はずっと二学期の委員だった。
大方が貧乏の時代だったけど、僕は幼稚園にも行けず、ランドセルも買ってもらえ
なかった。だから、風呂敷に教科書なんかを入れて登校していたのだけれど、
それも恥ずかしくなって、全部教室の机の中に置いて帰るようになった。
あのころ宿題と言うものがあったのかどうかも記憶がないけれど、適当に切り抜け
ていたのだろう。
教師の父は、そんな僕を知ってはいたのだろうけれど、諫めるようなことはまった
くなかった。その代わりにやたらと「本を読め、本を読め」と言われた。
そこそこの年齢になってからも「わからなくてもいいから、最後のページまで
読め」「英語の原書を読め」と口うるさかった。

父の死後、兄と姉が相次いで亡くなり
ついに・・・独り
六人兄弟の末っ子
実母は三歳の時、病死(破傷風)
三人の兄と姉は幼くして病死
残った兄と姉は早くから家を出たため、一人っ子のようなもの
そういう自分も16歳で家を出て・・・
まさしく〜さすらい人の子守歌(旧web版 Ne'o activity)

概して、お金持ちさんは汚いね。
善良な本当の大金持ちさんには失礼だから
小金持ちは汚い〜と言いなおそう。
当然支払うべき金に、勿体を付ける。
支払期日にしろ額にしろ・・・
一日でも早く支払うことが、値引きにつながる発想が理解できない。
何十万円なら何千円は端数と考えている。
札束をちらつかせて「現金で払うんだから」と暗に値引きを迫る。
その金をどうする気だ?
帳簿に載らない小銭の山。
それをビジネスとしての高テクニックとでも思っているのかね?
ウンザリだね。
親がそうなら、娘までもがそう。
怖いね〜。
親のどんな背中を見て育ったのかい?
こんな内心とは裏腹に
突き返すほどの度量も男気もなく
「ありがとうございました」と首を垂れる。

風が君をつれてきたか
波が君をつれてきたか
いつか君とこの道を歩いて
ここに胸中の涙を埋めた
いつか君とこの道を歩いて
その足跡を消しながら去った
海は静かに目を閉じて
そっとほほ笑むばかり
海が君を呼んだか
空が君を呼んだか
さすらい人よ休むがよい
つかれた体を横たえ休むがよい
百年の風雨にたえた君の歴史を
ここに埋めて休むがよい
(チョルラの詩)
「自らの孤独と認めれば
そこから抜け出せる」 (ニーチェ)
