「初めから失われていて、生涯、決して手に入れることのできない父性」・・・。
二重生活(小池真理子)
僕の場合は、【母性】なのだが・・・
加えて、【家庭的温かさ】とでも言おうか、これらの欠落が、僕という人間を形成
するにあたって、大きく影を落としているのは明らかだ。
一つの家庭を築き、子供たちや孫たちに囲まれた生活であっても、その影は消えて
しまうほど薄っぺらなものではない。
家の中のざわめきの中で、ポツンとしている自分がいる。孫たちのはしゃぎ声や
テレビアニメの騒音さえ、耳に入ってこないくらいの深淵の中で、僕は膝を抱えて
顔を埋め、かすかな母のイメージを確かなものにしようと彷徨い歩く。