「ナベちゃん、負け残ってるな〜」と、半ばからかい気味に言われる僕ですが、
たしかに的を射た言葉なわけで、自嘲気味に笑いを返すだけの僕なのです。
花村萬月の自伝的小説「百万遍 青の時代」の主人公(惟朔)の中に自分を重ね合
わせる僕がいる。暴力や過度の性的体験以外は、その内容がまさに酷似している。
家出、宗教施設、寝袋、ジーパン、長髪、ゴミのような寝場所、バイト(大丸)、
音楽喫茶店、ロックバンド「村八分」、異性との接点・視点・母性、、、を殊更に
避けた感じは否めないが、実際はほぼ酷似している。
僕の場合は、殊更にさらりと客観視したところがあり過ぎる。と言うよりは、自
分をよく見せたいという飾る意識が強すぎるのだろう。本質を逃げていると言われ
ても弁解のしようがない。要は焦点の当てどころ、ズームアップの度合いの問題な
のだろう。少しの文才めいたものがあれば、それなりの自伝小説が書けたかもしれ
ない。そんな幼少期から青春時代への二十数年である。

いわゆるブログなるものが流行り始めた頃、僕はライブドアでやり始めた。
下手な文章でも、それなりに読者が増えて行って、励みにもなった。
ある人とは、ポエム風に綴れば、その返し(返歌、返詩)が来るという展開も生まれ
て、それなりに楽しい空間で遊んだ記憶が蘇る。
ある時、僕はあまり深くは考えずに、<ひとりごと>という詩を送ったのだが、
その返しがキツかった。彼女曰「ひとりごとは独りでどうぞ!」
これにはさすがの僕も参った!
舞台での独白でもなかろうに・・・と言うことか?
こじつけがましく、言い訳がましいが、聴者(読者)有っての舞台じゃないの?
何かしら、ぐ〜っと燃え上がった恋愛関係から、強烈な肘鉄を食わされたような
気分だった。<女心と・・・>と言うけれども、未練がましいことは止めにして、
その淡き交信は無残に消滅してしまった。
この時にも僕は思ったものだ。遠い昔の彼女に言われた言葉
<あなたはいつも遠くを見ている>・・・(私ひとりを見て!)
<どうして苦しい方へ苦しい方へ行くの?>・・・(私じゃだめ?)
