世の中、誰も彼もがすべて順調であるわけではない。
むしろ、事の大小はあれ、それぞれが色んな悩み事を抱えて生きている。
それが人生というものなんだ。
要は、そこからの歩み方、対処の仕方で、方向は大きく変わっていく。
何か深刻なプライベートの問題を抱えていても、
一々人様に打ち明けられるわけでもない。
そこで、思い遣りとか憐憫の情とか援助とか生まれてくるわけだ。
僕のモットーは【何事もさりげなく】だが、独りでは抱え込めない事柄も時にはある。
その時に、どんな方法で吐き出すか、爆発を阻止するか、それが問題だ。
自分一人で抱え込みすぎると、間違いなく精神を病む、心が壊れる。
その後でどうこうしたって、手遅れのことが多い。タイミングがキーポイントだ。
家族だけを思えば、世間から見放される
自国民だけを思えば、世界から見放される
だから…と言って、家族を自国民を第二第三にすれば、国民に見放される
あのトランプだって、アメリカファーストと言っての傍若無人じゃないか
暴論と言われるかも知れないか、あの鎖国時代、日本はそれなりに平和だったじゃないか
発展、発展が、国民の幸せなんだろうか?
少々貧しくても、一日一日をつつがなく暮らせるのが幸せなんじゃなかろうか?
山中のポツンと一軒家ではないが、あれも幸せのひとつの典型的事例ではなかろうか?
世界の中の存在を意識するあまり、肝心の自国民の大多数が不幸せだったら、
本末転倒というものだ
とは言いながら、逆もまた真なりで、どちらを取るか?
そういう選挙なんだろう
♪港の雨に 濡れてる夜は
思い出すんだ 白い顔
二人で歩いた あの坂道も
霧に霞んで 哭いている
浮いて流れる あの歌は
君と歌った 西海ブルース
半世紀以上を経ても、あの頃の感情が鮮烈に甦る。
成就しなかった恋こそが、人を育て、強くし、男の純度を高める。
その意味から言っても、貴女は命の恩人だ。
あの頃の時代性がもたらす恋の純度、あどけなさ、そして儚さ。
あの時止まったままの時計の針を、超早送りにしてみましょうか。
昔のフィルム映画のように、切れ切れになって、虚しくも空回りするのでしょうか?
それはそれで現実の歴史のようでもあり、見ない方がいいのかも知れません。
貴女も僕も、薬指が人差し指より長かった。それが意味するものを知った時、
ふたりの明るい未来を確信したはずだったのに…
今思えば、ふたりの未来へのステップだっのですね。
時代、時代に、貴女の化身は現れます。
顔形や名前は違っても、感性はみんな酷似しています。
それこそが魂のふれあいと呼べるものなのでしょう。