本当に理解しているかどうか、そんなのを求めるのが虫がいいんだと思ったり
心の中で拠りどころにすることはできるし、そういう人がいるんだと思うことが
どんなに解放感かもしれない。これは思い込みも含めて、こういう人が一人でも
二人でもいたらいいなあ、そうすれば我慢もできるよっていうことがあるんじゃ
ないでしょうか。僕はそういう解決のしかたをしているような気がしますね。
それさえもまた、ある事柄を契機にして裂け目を生ずるみたいなこともあったり、
いろいろありますが、思い込みも含めて、この人はわかってくれるんだと、
そういう人がいたらつっかえ棒になるんじゃないでしょうか。
吉本隆明 「自由を生きるには」