『臨終のことを先に習いて 後に他事を学ぶべし』
(日扇聖人)
人は高齢者から順番に死ぬわけではない。仕事バリバリの成人も、学生も、子供
も赤ちゃんも、あるいは胎児さえも、みんな死ぬ時は死ぬ。しかし、大方の人間は
「ひとは死んでも、自分はまだまだ死なない」と思い込んでいる。
たとえば医師から癌のステージの宣告を受けたり、更には余命何カ月とまで言わ
れたりして、その時初めてひとは「いのち」の儚さを実感する。そしてこれまでの
安易な傲慢な無分別な生き方を後悔するのだ。
貴重な友が癌の宣告を受けた。ステージ�犬蕕靴ぁ0柄阿�ら話していて、俗に
言う「延命治療」は受けないと言う。これは僕の考えとも合致している。単純な
諦めとも違う、人生観、死生観そのものの違いだろう。一言で「無駄に・・・」と
は言わないが、ただ息をしているだけの生存は望まないということだ。
秋元 康の「象の背中」を思い出す。余命宣告を受けた主人公が、級友や初恋の
彼女や、仕事上で関わった人たちを訪ね廻るシーンには共感を覚えた。そしてまた
死期を悟った象は、群れから離れ自分だけの死に場所へと向かうと言う。その高貴
なまでの行動が僕にできるかと問われれば疑問だ。西部 邁氏は自死を選択したが
これとても第三者の手を借りなければならなかった。人間は象のようにはいかな
い。アルプスの山奥で氷雪に埋もれるか滑落でもしないかぎり。
僕は友との約束を果たさなければならない。

今日は、我が母の祥月命日
もう七十数年の時が流れた。
享年33歳だから、年齢的には、はるかに逆転しているわけだが、どういうわけか、僕の心の中では、そのイメージの逆転は起こらない。起こりようがない。
いくつになっても母は母。いつも天空から優しく見つめ続けてくれている。
念ずれば、その想いは霊界を駆け巡り、辿り辿って必ずやその目的の霊に到達すると聞く。
僕の想念が辿り着いた時、その想いが人体と化し、母の胸に飛び込むことが出来るだろうか。
この世の孤独は、特別耐えがたきものとは思わない。少なくともこの僕は。
僕の想念はあの世とこの世を往来する。光年の単位を押し付けられても、自由に飛翔する。
教えられた通りとすれば、母は光と花園の中にはいない。しかし、この僕が行って手を握れば、その場は一転するはずだ。
常盆常彼岸…その弔いが母をひとときの寂光に導く。
