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フレー!フレー!

悩んでいる人に

頑張れ!頑張れ!と言ってはダメと言われるけれど

その理由がいまいち分からない

だからせめて心の中で

フレー!フレー!と旗を振る

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さすらい

遠い空だよ いとしい瞳

呼べどこだまは かえらない

恋は一度さ さすらい者が

男泣きして みる夢さ

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呼んでとどかぬひとの名を

こぼれた酒と指で書く・・・

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一人酒・・・

なぜか昔の唄が蘇る

なにがそうさせるのか

これを「未練」と言うのだろうか

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雪景色

僕が若い頃の雪は少々大雪でも、どこか楽しめるところがあったように思う。

ところがどうだ、最近ではちょっと積もったくらいで大騒ぎだ。もちろん「慣れ」もあるだろう。雪質や気温との絡みもあるだろう。どうやら今の世は、風流という言葉は欠け落ちてしまったようだ。

また警報級の雪が降るみたいだ。

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しあわせの場面

ふと…口ずさむ歌がある

人間の幸せ感は

そんなところに宿る

♪寒い夜ふけは お酒を買って

たまのおごりと はしゃぐ姿に

きめた きめた

おまえとみちずれに…

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公衆電話

懐かしいもの

それは公衆電話

たとえ街中であろうと

透明な箱の中という

ひとつの独立した世界

そこに意義がある

携帯社会とは異質の空間がある

話し中の静寂や吐息

あれは何ものにも代えがたい

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笹舟

あれは小学生のころだったろうか

小川のせせらぎに

清らかな願いを込めた

小さな笹舟を浮かべて

手を合わせた

通う心もなしに

いったい人と人は

どうやって繋がることができるのでしょうか

目と目を見合わせただけで

心の通い合うような

友達が数人いたら

それで僕は充分幸福だと思います

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寄り道

過去のブログ

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子守唄

空は抜けるように青く澄みきっている。

しかし、風は冷たく肌を刺す。

ジェット機が雲を引かずに、音だけを残して飛び去って行く。

たしかにあの雲の流れでは…と不確かな自説に納得してみせる。

ふとあの貿易センタービルの画面が蘇る。

突っ込むジェット機、立ち上る白煙…まるで無声映画のようなあの場面。

現場と傍観の冷酷極まりないコントラスト。

似たような事象が世界のあちこちで起きているというのに、なんと非情な客観視だ

ろう。

その意味においては、日本は平和であろう。しかし、惨禍のなかで見る彼らの夢や

希望には、僕らのそれはこれっぽっちも及はないはずだ。

どっちが人間的と言えるのか。どっちがまさに生きていると言えるのか。

詩的な感覚が政治的なきな臭さにおきかわり、戦場の子供たちの瞳に呼応して、

胸の中で流離い人の子守唄が流れる。


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時の悪戯

あぁ、せめて三年前に逢えていれば…なんてことは、よくあるわけで。時の悪戯は容赦ない。

でも、人生に「もしも…」は無いわけで、現実を受け入れるしかない。

無理してその仮想の中に生きようとすれば、現実の歯車は狂いだし、その方向性は定まらす、時に空中分解も引き起こす。

それでも…しかし、空想の作り出すドラマが、現実の自分に劇的な変革をもたらすこともあるわけで…。

夢や空想の中で、半分以上生きているに等しい僕としては、そこらの物差や計りは持ってきてほしくないのです。

夢で逢いましょう。夢で語りましょう。夢でそのまた先を紡ぎましょう。

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非日常

「非日常」の「日常化」はキツイ!・・・と感じる。

例えば、嫁の立場としての旦那の父あるいは母の介護。

それでなくても厳しい局面もあるのに、加えて「介護」となれば事は深刻だ。

加えて「痴呆」が絡めば、負担は倍化どころか想像を超える。

わが身に置き替えてみて、せめてそういう立場にならないでいようと思う。

何らかのお世話にはならざるを得なくなるだろうが、少なくともボケないで

いたい。いやいやその前に老々介護の方が現実的課題だ。

歌の文句じゃないけれど・・・

辛くても 辛くても 死には(いや待った!)

辛くても 辛くても ボケはしないわ

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