行動に移すべきか、それとも無言を貫き通すぺきか、葛藤とまては言わないが、
モヤモヤした気分のまま、日常が流れて行く。その何とも言えないあいまいさが
今の自分を象徴しているようでもあり、生涯を通してのテーマと立ち向かっていると
言えるほどカッコいいわけでもない。
平々凡々を肯定するつもりもないが、そんな思いとは関係なく
ただ時は平凡に流れて行く。
これこそが人生だと言わんばかりに。
取り留めのない言葉たちが、次々と沸き上がっては消えて行く、行動力.実行力
観察眼.研究心 負け犬の逃げ処 怒らないと決めたら決して怒らないことだ
一生怒らないことだ 人生って何だよ、何なんだよ 祖父母 父母 兄姉 義母、義弟
静寂がこの身を包む(魂の残像) テレビは観ない、本を読む
(あのひと)は、きっと母の生まれ変わりと信じ込む、きっとそうに違いないと
信じ込む。…でなければ、この得体の知れない感覚はないはずだから。
遠い、ホントに遠い昔に引きちぎられた魂の残像。
文庫本の三行も四行も、句読点のない文章を読んでいて
これって読みづらいんちゃうの?と思いながら、意外とスラスラと
読み続けている自分に驚いたりした。
そう言えば、考えてるときや物思いに耽っているときも
一々句読点を付けて考えているわけでもないわけで…
そうか!こんな文章表現もありか!と変な感動を覚える。
読んでいる作品も話し言葉が大半を占めているわけで、
変な納得をしてしまった。
漫画みたいな話だが、現実の会話中に
「僕はさ(、)◯◯だから(、)」なんて会話してたら
異様だもんな。そうは言いながら、よくよく考えてみたら
実際の会話中は、「間」が句読点の役割をしているわけで
いとも簡単に到達結論付けに、いささか拍子抜けしてしまった。