大きく、広く構えてみれば、赦せる、寛容になれる。 小さく、狭く受け止めれば、赦しがたい、糾弾されるべきだ。 しかし、目の向けどころが間違っている。 被害者は深刻で、切羽詰まっている。 事は大きくジャニーズ問題にしろ、ビックモーター問題にしろ、 われら小市民の身近な問題にしろ、本質は変わらない。 悪は異常なまでに蔓延る。そして生き延びる。 己可愛さの防衛本能が、立ち塞がる障壁を突き破る。 組織は屈強だ、異常なまでに。 地位は壁の厚みと高さで、己を防衛する。 しかし、それでも「蜂のひと刺し」。 整えよ!スパルタの防御態勢。
あなたは、いつも笑顔を絶さない いつも静かに微笑んでいる 悲しいこともあるだろうに 寂しい時もあるだろうにね 僕も同じことを言われる なぁ~んにも悩みがなくて結構やねってね でもたぶん、あなたと僕は笑いの質が違うと思う あなたは、たぶん天然でしょう 僕は、明確なピエロ性 顔で笑って、心で涙を流してる 笑顔の融合 あなたの笑顔で僕の心に太陽を
親であれ、教師であれ、 職場の上司であれ、 スポーツ界のコーチであれ、 スパルタ式で育った者は 自分もスパルタ式を繰り返す 何の罪悪感もなく、当たり前のように テレビや新聞で報道されても、他人事と聞いている 根性論の時代は、もう遠い昔のことなのに
北野武の言う「群れないことだ」には共感を抱く。 群れの側からすれば、こちらは変人に映るかもしれないが、 そちら側こそが、安全地帯に身を置く変人の集団なのだ。
「捨てる神あれば拾う神あり」 と言いますが、その諺に相応しい出来事はあるものです。 言葉を変えれば「変化人」と言います。 不思議な出来事に驚くばかりです。
心が萎えた時 身体は一気に老化する 幾つになっても前を向くことだ 前進あるのみ 後ろを見るのは反省と確認のためのみ 六十の手習い 七十の手習い この気持ちを忘れまい 若者の発信力に見習おう 僕は生きている 死ぬまで生きている
近視眼的でなく、大局的に 衝動的でなく、熟慮して 利己的でなく、利他的に 出逢うべきひとには、必ず逢える その想いを、強く強く持ち続ければ 僕は、本能的に避けるべきものは避ける 人であれ、事象であれ 更に言えば 念ずれば通じる、必ず
忘れかけてた この青空を 僕の心に 広げてみよう 雲が心の翳りなら 秋風に吹き飛ばしてもらいましょう でもほんの少しだけ 山の端に残してもらいましょう それが僕らしさというものです
ある意味、批判は容易いことだ 批判のしっぱなしであれば… 批判を批判に止めず、相手に改心、改良を求めることが難しい しかし、難しいからと言って尻込みしていたのでは、もっと悪い …とは言いながら、いざ!となれば、やはり躊躇してしまう 己可愛さは誰にてもあるだろう 捨て石に成りきれるか!?
首相の演説に心は動かない。 原稿を読むだけの言葉の上での丁寧さだけでは、ひとの心に響かない。 少なくとも、特別な専門用語以外は、聴衆をしっかり見て話すべきだ。 一般人にしたって、ひとが話を聴いているか否かくらいは解る。 表面上だけの「丁寧」や「真摯」や「確実に」が空しく響く。 生きた言葉を語れることが、その立場の器、度量の物差しとなる。
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