いわゆる晩年を迎えて、思い至ることがある。
反省というか後悔というか懺悔というか…
僕は末っ子なので、父との年齢差は三十数年あるわけだが、
父が今の僕と同じ歳のころ、この僕はどんな接し方をしてただろうと振り返りみる。
一言で言えば、思いが足らなかった。
いや、思い遣りに欠けていた。
父親に寄り添うというのも変な表現だが、もっと父の内面に飛び込んで、
思想的闘いを交えたかったということだ。
「ほう、息子よ。そこまで考えるようになったか。それでこそ我が息子」との思いを
抱かせたかったとの慚愧の念と言える。
男親は女親よりも孤独に陥りやすい。その捌け口とでもいうように、わら半紙に
ひたすら殴り書きしていた頃の父を思い出す。誰に同意を求めるわけでもなく。
心中のもう一人の自分に語りかけ問い続けていたのだ。
そしてはるか遠い昔に死別した僕の母に、語りかけ続けていたのだ。
それ相応の年齢にならなけれは、その年に相応しい思考は涌き出ては来ない。
現実の時の流れを止めて、己の独り舞台を演じる。
観客はもう一人の自分とあの世の父と母。さらに加わるかい?
五人の兄姉たちよ。
憧れ抱き続けていた【家庭】という温かい空間。