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背景の記憶(306)

 アルバイトである配達の仕事を終えて、僕は車を車庫入れした。その車庫の横には、単独業務の作業場があって、丁度業務終了のチャイムが流れて、仕切りのドアが開かれた。そこの業務を一人でこなしていた女性が、後で束ねていた髪を解いた。ふわりと髪が流れるように肩に落ちた。まるで扇子を逆さにしたような美しい光景だった。

 僕の存在に気付いた彼女が振り向いた。思わず軽く会釈をした。仕事中の彼女とは打って変わってちょっと大人びた女性を感じた。「お疲れさま!」かけられた言葉に、僕は軽く会釈をした。

 バイトの身の僕は、社員さんたちとはそれほど深い関係性はなくて、軽く挨拶を交わす程度だったのだが、なぜかしら彼女には特殊な感情が湧き上がるのを覚えた。

 大失恋の後遺症?で、数年間、無意識のうちに異性との距離を置いていた僕だったが、何故かこの時は、その壁が取り払われたように感じた。・・・とは言え、世間的にはまったくのプー太郎、こちらからどうこう言う資格などないと、内心諦めが僕の心を支配し続けていた。

 あの雨の日の傘の事件?以来、何となくその距離は縮められて行って、僕たちは帰り道の半時間、喫茶店で話せる関係に成長?して行った。

 あの頃、何を話したのか思い出せないが、彼女の前では自分を曝け出せる悦びを見出す僕が居た。ただ一緒に居るだけでイイ!そんな感情は何年ぶりだっただろうか?

 進学校の同級生たちのほとんどが、それぞれの大学で勉学に勤しんでいるこの時期、自ら選んだ道とは言え、あまりにも波乱万丈なこの数年間に、僕の心はズタズタだった。もちろん、芯の部分の「自分」は辛うじて保ってはいたが、客観的に見れば、落ちこぼれのプー太郎そのものであったろう。

 真っ暗闇とまでは言わないまでも、世の中の陰の部分を彷徨っていた僕に、突然の如く差し込んできた太陽の光だった。

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posted by わたなべあきお | comments (0) | trackbacks (0)

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