「修行とは 苦労を楽しむことなり」 (日扇聖人)
二十歳前後の五年間が、今の僕を形成した。
結婚を約束した彼女に言われた「どうして、そんなに苦しい方へ苦しい方へ
行くの?」それは自分でも説明のしようがなかった。二者択一を迫られた時、
他人から見て、負の方へ負の方へと向かわせる自分がいたのだ。
自虐的でもなく、気まぐれでもなく、意固地でもなく、そうさせるもう一人の
自分がいたのだ。
当時は苦労を楽しむなんて心は全く持ち合わせてはいなかったが、どこかで
それに近い感覚はあったのかもしれない。暗闇の中での未知の世界への挑戦、
或いは興味心、或いは求道心、それらが僕を強引に引っ張って行った。
言葉だけ、思うだけの自分が堪らなく嫌だった。それにしてもそんな自分への
決定打は、やはり、ステッファニー先生だったのだ。彼女(先生)はあれから
どんな人生を歩んだのだろうか?天は、そんな存在の彼女に逢わせてはくれない
のだろうか?
あまりにも長い・・・半世紀を超えた
sea you again