「あなたは、いつもどこか遠くを見ている。」
そんな意識は欠片もないんだけど、あなたはそう言って寂しそうな顔をした。
あなたの存在が当たり前になっていて、その空気のような存在のかけがえのなさ
が、僕には掴み切れなくて、気が付いたら繋いでいたはずの手は振りほどかれてい
た。今にして思えば、僕の見ていた<遠く>とは、<亡き母>であって、でもそれ
はあなたにしてみれば、他の女性と映ったのかもしれない。そしてそれはあなたに
とっては、確かに自分以外の他の誰かであって、自分に僕の心の全部が向けられて
いないと映ったのでしょうね。そんな存在の母にさよならをして、貴女の胸に飛び
混んでいたなら・・・

離島〜隠岐の島の港湾建設に従事していた僕に、一枚の暑中見舞いの葉書が届い
た。印刷された定例文の横に、県名と見覚えのない姓だけが、流れるような達筆で
書かれていた。もちろんその字体だけで誰からのものかは理解したのだが、更にダ
メ押しのように「結婚しました」の一行が添えられていた。
その事ごとの一つ一つが、彼女らしい心遣いであるのは。痛いほどわかったのだ
が、それがまた余計に僕の心を締め付けた。とっくに諦めて覚悟していたはずの
事柄であったのに、図らずも涙が溢れて、頬を伝った。
その傷心を癒すための、そして全てを忘れるための一大プランであったはずなの
に、誰が彼女に住所を知らせたのだろう?思い当たるのは数人しかいないのだが
それを突き止めたところで、その人に罪はない。
僕にとっては、酷な結末と言えるが、アンコールの無い最終幕が降ろされた瞬間
だった。
