相撲の世界で言う「三年先の稽古」というのは、あらゆる世界に通じる話であって
己に当てはめてみれば、初心に帰って自戒としたい言葉だ。
思い出せば、四十にして卓球を始めた僕に、中国から帰化した先生が、
数あるクラブメンバーの中でも最下段に位置する僕に、
「三年我慢できますか?」と当時まだ片言の日本語で言われた。
「はい、もちろん!」と僕は答えた。
「試合に勝つ方法は?」とか目先のテクニックを求めていた他の
クラブ員ではあったが、先生は「ナイスボール!」と言っても
その心はお世辞的であり、僕の耳にも明らかにそう聞こえた。
僕には厳しかった。何度も繰り返しやり直しのレッスンを受けた
そしてまさに三年、僕はクラブの中で中位まで力がついていた。
この時ほど、「三年先の稽古」を身を以て体験したことはなかった。
平等が理想であることをやめて日常茶飯の現実になりおおせてしまうと、
むしろ平等のなかでの退屈や焦燥感がいや増してしまう。その病理を日本も
また経験するに至っている。
個性においても能力においても、不平等を背負って生きるのが人間の根本条件である。
人間の自由というものに意味が宿るとしたら、自分という人間あるいは自分たちの
国家が背負った不平等をむしろ宿命として引き受けて、その宿命といかに戦うか、
その戦いの密度こそが、自由に意味を与えるのだ。
【西部 邁】
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理想郷が到達点であるかも知れないが、それよりもむしろ
其処に至る過程の葛藤や献身の中こそに、人間の幸福度は
含有されているのではなかろうか。
民主主義であれ共産主義であれ、到達目標点が人間の幸せで
あるのなら、もうその過程の闘いの中にこそ、真の幸福感は
宿っているのではなかろうか?
◯「行って余力あらば以って文を学ぶ」
つまり学問が人生の第一義ではなくて、生きることが第一義である。
◯人間は人生のうち、何処かで一度は徹底して
「名利の念」を断ち切る修行をさせられるのがいい。
【森 信三】
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まさにその瞬間瞬間には、そんな意識が働いていたわけではなく、
懸命に生きて、足掻いて足掻いて、うんと時が経過してから、
「あぁ、あの時のあの経験が、いまの自分の肥やしになっているのだな」と
感慨深く思い出せるのです。青春真っ只中の時代であったればこそ。
大多数の同世代が、高度成長の時代の流れの中で、受かれるとまでは
言わなくても、当たり前面はして、じだいを謳歌していたわけだから…
何かの記事で読んだのだが、
北欧では、いわゆる「寝たきり老人」はほとんどいないらしい。
何故か?
答えは明白、「寝たきり」になる前に死んでしまう。
残酷なように聞こえるが、どっちが本人のためか?と問われれば、
うーんと考えこまざるを得ない。
日本人の美徳と言えるかどうかは疑問だが、まだ心臓は動いているのだから…
の理由で延命処置を取ることが、果たして本人のためかどうか?という話。
僕の祖母の時にも、そんな場面はあった。その時代はそれが許されたのだろう。
病院側と親族側との「阿吽の呼吸」で、生命維持装置が外されたのだった。
果たしてそれが…という話。世話をするのが面倒だとか煩わしいとかの話ではなく、
当の本人のためを思えば…の話。
安楽死とはまた違ったレベルでの話。