「経営とは、生き方(a way of life)である。」 野中郁次郎
「非日常」の「日常化」はキツイ!・・・と感じる。 例えば、嫁の立場としての旦那の父あるいは母の介護。 それでなくても厳しい局面もあるのに、加えて「介護」となれば事は深刻だ。 加えて「痴呆」が絡めば、負担は倍化どころか想像を超える。 わが身に置き替えてみて、せめてそういう立場にならないでいようと思う。 何らかのお世話にはならざるを得なくなるだろうが、少なくともボケないで いたい。いやいやその前に老々介護の方が現実的課題だ。 歌の文句じゃないけれど・・・ 辛くても 辛くても 死には(いや待った!) 辛くても 辛くても ボケはしないわ
哀れなるかな 大国の奢り 長者の驕り 長者の万灯 vs 貧女の一灯
人生において 私たちが取り戻せないものが 三つある ○逃したチャンス ○口にした言葉 ○無駄にしてしまった時間
自分のことを理解しているのは自分だけだ。 人はどんどん一人になる訓練をしていかなければいけないと思う。 もとより人は一人で生まれて一人で死んでいくのだから。 森永 卓郎
二人ゐる 秋耕すでに 暮れんとす (一天) 終戦後郷里に帰った一家は、両親の食糧増産の手伝いの他に、自分たちで営む畑を一枚あてがわれた。湾入を一望する段々畑の一角、芋を掘り上げた後へ麦を蒔く。嫁入り当時、百姓は嫌いだと言っていた妻が、おし迫る夕闇の中でせっせと畝かきをしている。そのねいさん被りの横顔が不思議な感動を誘った。祖母に任せっきりの三児のことも念頭になく、(全くあの時子供たちはどうしていたのだろう)いつまでも黙々と鍬を動かし続けた。
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「さよなら」も言わずに消えて行く その長い空白の中に、何を想えと言うのだろう 想像できる答えを三つ 心の白紙に書いてみた それらの上に三本の直線を引き 可能な限りの横線を引きあみだくじを形成した 僕は当然の如く三番を選んだ 鉛筆が曲がり下りるにつれて その速度は緩まって行った そして・・・僕は・・・ その作業を停止してしまった その三つの答え以外のような気がしたのだ それはおそろしく不気味でもあり とんでもなく歓喜的でもあるようにも思えた
「楽しい日本」ってか かつて、鳩山首相に 政治スローガンに 形容詞はダメ! って言ったのはどなたでした?
本を読まないということは その人が孤独でないという 証拠である。 太宰 治
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