「誤解を受けるのを恐れずにいうと、私は、ある意味で、戦争が好きだ。いや、やはり誤解を避けるために慎重を期すと、戦争について感じたり考えたりするのが好きなのである。
戦争は、生命という「生の基本的手段」を危殆に陥らせる。だがそのことによってかえって、「生の基本的目的」が那辺にあるか、あるべきなのかが切実な問いとして浮かび上がってくるのである。
死を間近にしてはじめて生が輝く、という逆説から人間はついに自由になることはできないのではないか。戦争についての感受力と思考力と行動力を失った国民には、結局とところ、平和の有難味を知ることすら叶わぬのではないか。
戦争という非日常性の事態に対応できないような人間は、裏を返せば、闘いと戦の要素を含むのが日常生活であるという平凡な一事をわきまえておらず、それゆえその日常生活の中心には大きな空洞が穿たれているのではないか。
「戦争論」 西部 邁
京ことば?
「かまへん」
「やくたいもない」
「あかん」
「うつうつしい」
「おぞい」
「おとましい」
「気随い」
「しがんたれ」
「いけず」
「くすべる」
「しったらしい」
花村萬月「百万遍 古都恋情」
こまったもんや・・・
正しいことを言えば、必ず真反対のの意見が出る
そしてそれが大半を成し、正論を押し切り抹殺しようとする
抹殺とまでは行かなくても、トーンダウンさせようと圧力をかける
マスメディアの屈辱
スポンサーとの板挟み
一般大衆の見えないところで、壮絶な闘いが繰り広げられているんだろうな
肩書を奪われて、ただの人になったって
その志だけは失わないでほしい
キャスター、教授、評論家、そして・・・あなたも、あなたも・・・
極左、極右と言うけれど
極端がわずかばかりの変化を生じせしめるという見方もある
そしてそれを見込んだような極端論もある
隠れ蓑を纏った○×主義者もいる
あそこにも、あそこにも・・・
誰から見て、左なのか、右なのか
それこそが問題だ
そこに○が絡むからこそ、問題を複雑化させるのだ
中道や是々非々の曖昧さ
巧い絵なんて、幾らでもある。しかしよい絵はほとんどない。まして凄い絵は〜。
それが惟朔の結論だった。惟朔の描く絵は巧い絵であり、しかもその年齢にしてはという注釈がつく。そこそこに巧い絵にすぎないのだった。
なぜ芸術家と呼ばれる存在があらわれるかといえば、才能が努力やそれで得られる技術を超越するからだ。
花村萬月 「百万遍 青の時代」

これほどまでに・・・
相手の心が読めてしまう自分が嫌で
僕はいつも微妙な笑いを作っていた
大方は、それで場を凌げたのだけれど
ごくたまに・・・
そこまでも見透かしてしまう人物がいるのには
僕自身、かなり戸惑った
その人と目と目が合ったとき
「ごめんなさい、何も言わないでください」
と、僕は目で哀願した
