文庫本の三行も四行も、句読点のない文章を読んでいて
これって読みづらいんちゃうの?と思いながら、意外とスラスラと
読み続けている自分に驚いたりした。
そう言えば、考えてるときや物思いに耽っているときも
一々句読点を付けて考えているわけでもないわけで…
そうか!こんな文章表現もありか!と変な感動を覚える。
読んでいる作品も話し言葉が大半を占めているわけで、
変な納得をしてしまった。
漫画みたいな話だが、現実の会話中に
「僕はさ(、)◯◯だから(、)」なんて会話してたら
異様だもんな。そうは言いながら、よくよく考えてみたら
実際の会話中は、「間」が句読点の役割をしているわけで
いとも簡単に到達結論付けに、いささか拍子抜けしてしまった。
批判を口にすることは容易い
しかし、同じレベルのことを自分自身に突き付けてみた時
己のなかの自分は、どう応えるのか
その上で
もう一度、相手への批判を練り直してみよう
…………………………………………………………………………………………
人間の感情、心の内は複雑怪奇だ
単純な反発心もあれば、図星をつかれた恥ずかしさもある
いつものことながら、ぐっと噛みしめてみる
心の内を整理整頓して、論理を組み直してみる
過剰な自尊心を払拭して、核心を研ぎ澄ます
そのバランスが、シーソーが定着して、
その差が歴然とした時、
心が脳に、唇に、指令を発する