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洞察


  
 眼に見える物さえ正せない程度で、

 刻々に転変して止まぬ人間の心の洞察など、
 
 出来ようはずがない。   


       【森 信三】

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人の心の奥深くに入り込むだけの迫力が無ければ

人を諭し改めさせることは至難の業だと悟る。

表面的な軽い上っ面の言葉の羅列の先に、見える物は何もない。

僕は名もなき一凡人だが、それくらいは見透かせる。

人の眼に触れない処で、どれだけ自己研鑽を積み重ねるか。

その結果として、相手とする人達の改良と向上があるんじゃないのかな。

この事さえも、言われてするんじゃなくて、自ら気付いてやらなくちゃ。

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出逢い



「人間は一生のうち、逢うべき人には必ず逢える

 しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に」


          【森 信三】

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たしなみ


幸せのかたちは共通点が多いが、

哀しみのかたち、表情はひとつひとつが皆違っているし、

他人には計れないことを承知しておくことだ。

それがたしなみである。


       【伊集院 静】

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 縁は求めざるには生ぜず。

 内に求める心なくんば、

 たとえその人の面前にありとも、

 ついに縁を生ずるに到らずと知るべし。



      【森 信三】

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師の恵良さ

 ◯師の偉さが分り出すのは

 (一)距離的に隔絶していて、年に一回くらいしか逢えない場合

 (二)さらにはその生身を相見るに由なくなった場合とであろう。

         
 ◯一人の卓れた思想家を真に読みぬく事によって、

  一箇の見識は出来るものなり。同時に真にその人を選ばば、

  事すでに半ば成りしというも可ならむ。



          【森 信三】

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大切なのは

かつてでもなく

これからでもない

一呼吸

一呼吸の

今である


      【坂村真民】

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不退転

生きる上で最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。

転ぶたびに起き上がり続けることにある。


         【ネルソン・マンデラ】
           南アフリカ元大統領

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本格的勇気

本格的の勇気とは、自分が死ぬかもしれないことをなにほどか覚悟するところに

成り立つ。

つまり「生き延びる」ために「死に急ぐ」こともある。

それが人間の生の逃れ難い逆説なのだ。

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パシフィズム(pacifism)つまり平和主義とは

かなりの程度において「きれい事を言う無責任で厭な奴」のことなのである。

平和主義という言葉くらい偽善と欺瞞に汚されているものも少ないからにほかならない。



            【西部 邁】

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戦争論

 誤解を受けるのを恐れずに言うと、私は、ある意味で、戦争が好きだ。いや、やはり誤解を避けるために慎重を期すと、戦争について感じたり考えたりするのが好きなのである。
戦争は、生命という「生の基本手段」を危殆(きたい)に陥らせる。だがそのことによってかえって、「生の基本目的」が那辺にあるか、あるべきなのかが切実な問いとして浮かび上がってくるのである。
 死を間近にしてはじめて生が輝く、という逆説から人間はついに自由になることはできないのではないか。戦争についての感受力と思考力と行動力を失った国民には、結局のところ、平和の有難味を知ることすら叶わぬのではないか。戦争という非日常性の事態に対応できないような人間は、裏を返せば、闘いと戦さの要素を含むのが日常生活であるという平凡な一事をわきまえておらず、それゆえその日常生活の中心には大きな空洞が穿たれているのではないか。


          【西部 邁】

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「戦争」と大上段にふりかぶらなくても、何事もない、ある意味幸せな生活をおくっている人たちにとって、「幸福」は当たり前であり、格別喜ばしい事とは思えていないはずだ。それとは逆に、「今日、如何に生きるか」の瀬戸際的生活を送っている者にとっては、前者の人たちの当たり前が、最上の慶事であったりするのです。
こうしたギャップはそう簡単には埋まらない。彼らには届いたとしても「犬の遠吠え」的ものであり、さして気に止めるほどのことでもないのです。そこに上流、中流、下流、底流という層の枠をはめ込めば、分かりやすいのかも知れない。そしてその大方が、上流とまでは言わなくても、せめて自分は中流層に位置していると思いたがっているに、違いない。闘争の要因はここら辺に淀み潜んでいる。日本人の特性が、言い意味でも悪い意味でも事の表面化を恥じ、恐れ、我慢する。富めるものはますます富み、貧しき者はますます疲弊し崩れ落ちる。武器は持たなくても、心中に刀を抱き、銃を携え、「いざっ!」の心構えを有した人間がいかほど居るのだろうか?かってのあの若き世代の闘士たちの大半は現代の資産家達の部類に組み込まれ、また統治し支配している。どろどろとした薄暗い地下豪のなかで、眼だけがらんらんと光り輝く闘士たちの塊が見えるような気がする。そしてその横には、悲しき自死を選択した同士が横たわっている。西部氏はその裁死を選択したのだった。大方は時代に巻かれる。翻弄される。そしてこの選挙真っ只中、金切り声をあげて、住民を翻弄し、取り込み、気勢を上げる。さらば青春。甦れ青春。

posted by わたなべあきお | - | -

「平等」の真理

平等が理想であることをやめて日常茶飯の現実になりおおせてしまうと、

むしろ平等のなかでの退屈や焦燥感がいや増してしまう。その病理を日本も

また経験するに至っている。

個性においても能力においても、不平等を背負って生きるのが人間の根本条件である。

人間の自由というものに意味が宿るとしたら、自分という人間あるいは自分たちの

国家が背負った不平等をむしろ宿命として引き受けて、その宿命といかに戦うか、

その戦いの密度こそが、自由に意味を与えるのだ。

           【西部 邁】


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理想郷が到達点であるかも知れないが、それよりもむしろ

其処に至る過程の葛藤や献身の中こそに、人間の幸福度は

含有されているのではなかろうか。

民主主義であれ共産主義であれ、到達目標点が人間の幸せで

あるのなら、もうその過程の闘いの中にこそ、真の幸福感は

宿っているのではなかろうか?

posted by わたなべあきお | - | -

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