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タイムラグ

◯政治、経済の成長と、カルチュアの成熟の間には

 タイムラグがあるように思います。

 文化は必ず遅れてやってくる。


◯階段をのぼっていくときに、文化は出てこない。

 のぼりつめて、ゆっくりおりはじめるときに、

 文化は生まれる。

 惑いながら、悩みながらおりていくとき、

 きっとなにかを生み出すにちがいない。


        【五木寛之】

posted by わたなべあきお | - | -

リンリンとして

  ◯人間はおっくうがる心を刻々に切り捨てねばならぬ。

   そして齢をとるほどそれが凄まじくならねばなるまい。


  ◯「随処作主」とは、人はどんな境遇の中にあっても、
  
   リンリンとして生きてゆける人間になることでしょう。


  ◯「一剣を持して起つ」という境遇に到って、

   人は初めて真に卓立して、絶対の主体が立つ。

   甘え心やもたれ心のある限り、とうていそこには

   到り得ない。


        【森 信三】

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駄洒落

卓球友だちのH君は、会話の中で洒落がポンポン飛び出してくる。

よくぞそこまで…という感じだ。

ある時、「H さん、コーチに来てもらえませんか?」と言われた時、

彼の答えが面白かった。

「高知(コーチ)までは無理だけど、徳島ぐらいまでなら…」

しばらく女性はキョトンとしていたが、やがて真意を知って、

「やだ~!」と笑い転げた。

一事が万事…こんな調子のH君だ。

そうそう、ここで思い出した。彼は僕より一つ年上。

彼曰く、「先輩には、さん付けだろう、ワタナベ君!」

これは真顔だった。

参りました! Hさん。

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孤独

   人は真に孤独に徹することによって、初めて心眼がひらけてくる。

   けだしそれによって相対感を脱するからである。


          【森 信三】
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  物事を近視眼的に見ないことだ。

  毎日を刹那的に生きないことだ。

  闇の中に入っても光を見つけることだ。

  雑音を振り払えば心音が聞こえてくる。

  モールス信号のような打電を解読できるや否や。

  届かぬ心の声を打電する。

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   旅をしなさい。

   どこへむかってもいいから旅に出なさい。

   世界は君や、あなたが思っているほど退屈な所ではない。


          【伊集院 静】

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帰省


  帰省って、家に帰ることだと思っていたけと

  本当は、誰かの記憶の中に残っていた自分を

  迎えに行くことなのかもしれない。

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  もうかなり前から、帰省先が失くなってしまっている。

  もちろん場所としての其処は存在するのだが、肝心の

  待ってくれている人が居ない。

  でもしかし、想い出を紡ぐだけの帰省も。それはそれで

  価値のあることかもしれない。

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個を強くすることだ。

それでなければ、日本人の強靭さは確立できないだろう。

苦言を言うが、君たちが何も持たない普通の若者なら、

人の何倍も苦節を経験しなければ、

本物の大人の男にはなれないぞ。

本気で憤れ。心底口惜しいと思え。

それしか強くなる方法はない。


      【伊集院 静】

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手紙

絵画も小説もそうだが、

創造の肝心は表面に見えるものではなく、

一行の文章に、作者の生きる姿勢、

なぜそれを描(書)かねばならなかったかが、

あらわれてくるものだと私は考えている。

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便利なものには毒がある。

手間がかかるものには良薬が隠れている。


          【伊集院 静】

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メールてはなく、手紙を書こう…

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読書


読書は、単に智的な楽しみだけであってはならぬ。

直接間接に、わが生き方のプラスになるものを選びたい。

それには単に才能だけで生きた人のものより、

自殺寸前のギリギリの逆境を突破して、見事に生き抜いた

人のものの方がより深く心を打つ。


       【森 信三】

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別れの鳴き

 地球にはさまざまな美眺があるが、澄み渡った春の初めの青空に、真っ白な翼をひろげたハクチョウの(渡り)はかなり上等な美眺のひとつであろう。
 タンチョウヅルは(渡り)が近づくと、日本で生まれ育てた子供のツルに対して、
「もうそばに来てはイケナイ。離れなさい」
と鋭く鳴いて追い払うのを知った。
【別れの鳴き】と呼ぶらしい。
 その様子をテレビで見たのだが、昨日までのように親にすがろうとする子供を、鋭く鳴いて追い払う。その時の子供の戸惑うような目がなんとも切なかったが、しばらく見ているうち、これが生きるという行為で、親がそうするのは、彼らが今日まで生き延びているすべてなのだとわかった。
 見ていて切なくなる子供の、救いを求めるような眼差しは、人間社会でいえば、可哀相だ、になるのだが、ツルは平然とそれをする。
 そうしなければ生きていけないのだ。それが生きるということなのである。
 以前、出版した本に「別れる力」というタイトルの本があったが、そこで母馬と子馬が別れるシーンを書いた。
 姿が見えなくなった母馬を呼んで子馬は一晩中いななき続ける。
 可哀相な声という人もあるが、立派な馬に育てるには必要なものであり、大きく、哀しくいなないた馬の方が立派に育つらしい。
 そう考えると、今、一番ダメなのは、やはり人間だろう。
 この頃、子供に対しても、ましてや可愛いと思う孫に対しても、厳しく接する親、祖父母が少なくなった。


         【伊集院 静】

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