待ち合わせの場所に
きみは、カンカン帽を被って現れた
そしてコンタクトからメガネへ
なかなかこのファッションセンスは
僕にはかなわない
特異なものがフィットして、違和感を感じさせない
これは(地)の問題だな
もっと自分を内面から磨かなきゃ

後悔先に立たず
何を言っても、言い訳になってしまう悪循環
♪消えない過ちの 言い訳する前に
貴方に もっと 尽くせたはずね
連れて行って 別離(わかれ)のない国へ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何処にあるの 悲しまない国
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ごめんね・・・」 高橋真梨子

だから・・・
face bookに載せている僕の似顔絵の原点は45年前にある。
北〇〇のミサイルが隠岐諸島の数百キロ先に・・・というあの隠岐の島で、
僕は、国の離島振興策である港湾建設に従事していた。・・・と言えば
聞こえはいいが、孫請けのまたその下〜というわけで・・・。

なぜ涙を流しているのか?
なぜ俯いているのか?
言い訳がましいかもしれないが・・・
なにくそ! 今に見ていろ!
の裏返しだったのかもしれない。
机の中に何か白い包みがあるのを見つけた。
深い事情も知らず、僕は「これナニ?」と声を上げた。
教室の何人かが僕のそばに集まってきた。
中にはエンピツと消しゴムが入っていた。
一瞬、背後に目線を感じた時には、もう遅かった。
彼女は廊下へ飛び出して行った。
小学生時代、最大のミス!

♪いつもの小径で 目と目が合った
いつものように 目と目を逸らせた
通り過ぎるだけの ふたりのデート
言い出せないもどかしさ・・・気恥ずかしさ
今、思い返せば
そんな場面を経験したことが
宝物に思える
♪さよならを言えただけ
君は大人だったね・・・
これは後から、そうずっと後から思えることで
その時に、こんな感慨は抱けるはずがない。
非情と思いやりは隣り合わせのものなのか。
君に、十年先の僕の姿を予測できたのだろうか?
僕は一番が嫌いだった。いや、一番には逆立ちしてもなれなかったのだから
言い方を変えれば、二番、三番というポジションが居心地よかった。
僕の小学校時代は三学期制で、一学期の学級委員は一番賢いやつ(がり勉くん)が
任命されていた。三年生から六年生まで、僕はずっと二学期の委員だった。
大方が貧乏の時代だったけど、僕は幼稚園にも行けず、ランドセルも買ってもらえ
なかった。だから、風呂敷に教科書なんかを入れて登校していたのだけれど、
それも恥ずかしくなって、全部教室の机の中に置いて帰るようになった。
あのころ宿題と言うものがあったのかどうかも記憶がないけれど、適当に切り抜け
ていたのだろう。
教師の父は、そんな僕を知ってはいたのだろうけれど、諫めるようなことはまった
くなかった。その代わりにやたらと「本を読め、本を読め」と言われた。
そこそこの年齢になってからも「わからなくてもいいから、最後のページまで
読め」「英語の原書を読め」と口うるさかった。

父の死後、兄と姉が相次いで亡くなり
ついに・・・独り
六人兄弟の末っ子
実母は三歳の時、病死(破傷風)
三人の兄と姉は幼くして病死
残った兄と姉は早くから家を出たため、一人っ子のようなもの
そういう自分も16歳で家を出て・・・
まさしく〜さすらい人の子守歌(旧web版 Ne'o activity)

終業のチャイムが鳴ったのは、
アルバイトの僕が、丁度車の車庫入れを終えた時だった。
そして、君も作業を終えて作業場から出てきた。
僕には気づかず、ちょっと背伸びをしてから、
後ろに束ねていた長い髪をほどいた。
さらさらの黒髪が、肩に扇のように広がった。
やがて気配を感じて振り向いた君は、
これまでになく大人びて見えて、
僕はハッと息をのんだ。

あまりにストレートすぎて
戸惑った僕
どこまでが本意なのかつかみきれなくて
一喜一憂した僕
そんな僕の心の変動を楽しんでいるかに見えたのに
完璧な心変わりと感じ取ってしまった君
その場しのぎの言い訳や説明がいやで
沈黙の穴倉に潜り込んだ僕
それがまた不信に輪をかけて
僕は崖っぷちに追い込まれてしまったのだった
言葉の無力と沈黙の怖さを同時に知った
