指導者たる者〜<愛の鞭>とも言える厳しさを備えていなくてはならぬ
ということは、重々承知しているのです。
異論を唱えるというわけではなくて、僕は思うのです。
指導、叱責の根底に<慈愛><思い遣り>が必要不可欠だと・・・。
「こんなこともできないのか!」
「何遍いわせるんだ!」
「やる気があるのか!」
縮こまる精神、揺れる心、泳ぐ眼・・・
上からものを言うのは、ある意味容易いことだ。
相手と同じ目線で、なおかつインパクトを与えようと思えば
心が伴わなければ伝わらない、響かない。
そう思いませんか?

指導者たるあなたへの
僕なりの
声なき声ですよ。
「なぜ君が、お酒を覚えたいと言ったのか・・・わからない
なぜ僕の服に、君の持っていた花の染みが付いたのか・・・
君の欲しかったものは何なのか・・・
なぜそれを、虹のように遠くから見つめるのか・・・何もわからない
だから、それを僕に教えてくれないか?」
「任命状 あなたを私の恋人に任命します。
変わり者のわたしよ。
初めに謝っておくわ。
今まで、あなたを困らせたでしょ?
でもそれは、困った時のあなたの表情が大好きで
何度も見たかったからよ。
あなたと楽しい思い出をたくさん作りたかった。
あなたと会うと、夢を見てる気がするわ。
ああ、覚めたくないな・・・
幸せな夢だから・・・」
「星座は季節ごとに変わる。
でも基準点になるのは北極星ただひとつ。
きみも僕も運がいいよな。
北極星みたいな存在が心の中にいるんだから・・・」
「私の恋」

先日、訃報が入り、急遽散髪に行ったのです。
いつもの家の近くの店ではなく、駅前の1,600円の看板を掲げた店へ入りました。
後から考えれば、納得!〜の話ですが・・・。
まず、すべてが流れ作業(役割分担)。
整髪、洗髪、顔剃り、ハイ終わり。
所要時間30分。
息子の家に帰ったら、嫁が「えっ、もう・・・」と驚いていました。
4,000円 対 1,600円
丁寧さ、心配り、会話、その他
要らないと言えばそれで済む話かもしれない。
斜め目線で見れば、必要以上に時間や手間をかけて、金額に合わせてそれらしくしているともとれるかもしれない。
「はい、いっちょ上がり!」と言う感じのチンッ!というレジの音に追い出されるように、僕は店を出たのでした。