自分の中のもう一人の自分が嘯く
いや、違うか…
腹を立てている
何に対してか? それは判然としない
けれど、何かに苛立っている
これは久しい感慨だ
自己の中の何かが動き始めている
挑戦? 対抗? 復讐?
自分でも怖いくらいの言葉たちが沸き上がる
僕はいったい何に立ち向かおうとしているのか
鈍感男の真骨頂
僕は号砲が鳴って、はるか遅れて
スターティングブロックを蹴った
目の前の出来事を軽く見てはいけない。今の一言、今の判断、今の沈黙、今の不誠実は
その瞬間だけで終わらない。誰かの心に残り、次の行動を生み、次の時代の空気を作る。
戦争も、差別も、宗教対立も、政治的な憎悪も、突然生まれるのではなく、小さな記憶の
積み重ねが、ある時に神話化され、正義化され、怪物のようになって現れる。
目の前の出来事の中に、未来の歴史の種がある。だから今、どう行動するか、それを
どう語るか、どう受け止めるか、人間の責任はそこにある。愚かな選択による自業自得は
本人や為政者の勝手だが、それが歴史となる時、多くの人を最悪の負の連鎖に追い込む。
【長松清潤】
「あの時、僕は死んでたなぁ…」と、
思い返すことが一つどころか片手の指の数ほどある。
小学校入学前の頃、釣りに行って海に落ちた。
必死に海中で踠いていていたら、友が差し出した釣竿が見えた。
あれ以来、僕は泳げなくなった。プールでも足が届かないと分かると溺れかけた。
二回目も海だった。父が僕が泳げるようにと、いきなり海へ放り投げた。
しかし前例通り、又してもホントに溺れたので、父は必死に助けあげた。
正真正銘のトラウマだ。
ボーイスカウトの訓育中、ゲームの中で目隠しをした鬼役に僕は掴まえられて、
放り投げられて、しこたま後頭部を地面で強打した。
三日三晩、昏睡状態だったらしい……。
岡山県の田舎道で、僕はオートバイの後部座席に乗せられていた。
砂利道のため操作不能になった時、僕は後方に放り出された。
又しても三日三晩、僕は昏睡状態だったらしい……。
葬式に僕は急いでいた。信号が50メートルもなく二つ続いていた。
僕は一つ先の信号しか見ておらず、手前の赤信号を無視状態で突っ込んだ。
強烈なサイドインパクト!助手席に飛ばされ、車はガードレールで際どく止まっていた。
気が付いたら救急病院にいた。
警察官が僕の名前を大声で呼ぶのが聞こえた。
なぜか廊下に立っていた僕が「ハイ」と手を挙げたら、
「あの車の状態だと、死んだと思ったよ」としげしげと僕を見つめていた。
しかし、家に帰ってから一週間、僕は全く身動きできなかった。
バブル最盛期のころ、仕事の忙しさに比例するかのように、全国を旅行して
廻った。九州一周の旅行の最後が鹿児島だった。無事帰宅しての仕事中、
「病院へすぐ行け」との連絡。行ってみると「すぐ入院してください、
病院は手配済みです」と言われた。次のアメリカ旅行のための血液検査を
したのを思い出した。肝臓関係の数値が異常すぎて「入院しないと死にますよ!」
と言われた。どうも生牡蠣に当たったらしかった。しかし、一人商売の身、
3ヶ月の入院は廃業を意味していた。何とか頼み込んで通院による点滴治療を受けた。
もちろん現場へは行けず、電話とファックスで友人の助けを借りて、3ヶ月をこなした。
自身の記憶にない死にかけがある。まだ二才未満の時、食べ物を全く受け付けなく
なったらしい。父は兄姉と同様に死を覚悟したらしい。しかし、誰かの見舞い品の
果物を急に猛烈に口にしたらしい。それで一命を取り留めた。
そんなこんなで、今日まで生き延びている自分だが、最近思うことは、
自分は【生かされている】ということだ。あの時、あの時も、
死んでもおかしくなかった身だ。そう思えば、如何に生きるべきかが
自ずと分かろうというものだ。
しっかりしろよ!
天に感謝しろよ!