◯ことばの多き ◯口のはやき
◯とはずがたり ◯さしで口
◯出がら話 ◯公事の話
◯公儀のさた ◯人のもの言ひきらぬ中に物言ふ
◯ことばのたがふ ◯能く心得ぬ事を人に教ふる
◯物言いのきはどき ◯話の長き
◯かうしゃくの長き ◯ついでなき話
◯自まん話 ◯いさかひ話
◯物いひのはてしなき ◯へらず口
◯子供をたらす ◯たやすく約束する
◯ことごとしく物言ふ ◯いかつがましく物言ふ
◯ことわりのすぎたる ◯そのことを果たさぬ中にこの事をいふ
◯人の話のじゃまする ◯しめやかなる座にて心なく物いふ
◯事々に人の挨拶を聞かうとする ◯酒にえひてことはりい
◯さきに居た人間にことわりをいふ ◯親切らしく物いふ
◯人のことを聞きとらず挨拶する ◯悪しきと知りながら言ひ通す
◯物知り顔にいふ ◯ひき事の多き
◯あの人に言ひてよきことをこの人にいふ
◯へつらふ事 ◯あなどる事
◯人のかくす事をあからさまにいふ ◯顔を見つめて物いふ
◯腹立てる時ことはりをいふ ◯はやまり過ぎたる
◯己が氏素性の高きを人に語る ◯推し量りのことを真事になしていふ
◯ことばとがめ ◯さしたることもなきことをこまごまといふ
◯見ること聞くことを一つ一ついふ ◯役人のよしあし
◯子どものこしゃくなる ◯品に似合はぬはなし
◯人のことはりを聞き取らずしておのがことを言ひとほす
◯田舎ものの江戸言葉 ◯よく知らぬことをはばかりなく言ふ
◯きき取りばなし ◯人にあふて都合よく取りつくろうていふ
◯わざと無ざうさにいふ ◯貴人に対してあういたしまする
◯学者くさき話 ◯風雅くさき話
◯さしてもなき事を論ずる ◯人のきりやうのあるなし
◯幸の重なりたる時物お送りもらふ時有難き事を言ふ
◯くれて後人にその事を語る ◯おれがかうしたかうした
◯わかいもののむだ話 ◯首をねぢて理くつをいふ
◯いきもつきあはせず物いふ ◯好んでから言葉をつかふ
◯くちまね ◯都言葉などをおぼえしたり顔にいふ
◯ねいりたる人をあわただしくおこす◯説法の上手下手
◯よく物のかうしゃくをしたがる ◯老人のくどき
◯しかた話 ◯こわいろ
◯口をすぼめて物いふ ◯めずらしきはなのかさなる
◯あいだのきれぬやうに物いふ ◯さとりくさき話
◯説法者の弁をおぼえて或いはさういたしました所でなげきかなしむ
◯茶人くさき話 ◯くわの口きく
◯ふしもなき事にふしを立てる ◯あくびとともにねん仏
◯人に物くれぬ先に何々やらうといふ◯はなであしらふ
◯あう致しました こう致しました ましたましたのあまり重なる
その人はまぶしい
私はひどく気を遣う
その人の得意な笑顔
一点の曇りもない爽やかな笑顔から
私は逆に
宇宙の寂寥を読み取る
まるで星座のような...
そうです
そしてまた
人知れぬ夜空の深淵に飛び交う
閃光のささやきを
私たちの世代は「アンネの日記」を読み、ナチスによるユダヤ人迫害の歴史に心を痛めた。隠れ家の中で、恐怖に耐えながら、それでも人間であろうとした少女の声に触れ、理不尽な暴力に抗わなければならないと感じた。
しかし、あれから半世紀近くが過ぎた今、ガザで起きている現実を前に、深い矛盾と痛みを覚えずにはいられない。かつて迫害された民の記憶を背負う国家が、圧倒的に弱い立場にあるパレスチナの人々を狭い地域に閉じ込め、テロリスト掃討の名のもとに、女性や子どもを含む無数の人々を傷つけている。
もちろん、これを「ユダヤ人全体」の問題として語ってはならない。ユダヤ人の中にも、イスラエル政府の政策に反対し、ガザの惨状に声を上げている人々はいる。問われるべきは、イスラエル国家の軍事政策てあり、それを支える政治的、宗教的ナショナリズムであり、そして暴力を正義の名で覆い隠す人間の心である。
「息のあるものを一生生かしておいてはならない」という申命記の言葉(「息のあるものを決して生かしておいてはならない。ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたように、必ず滅ぼし尽くさなければならない」「申命記」第二十章十六、十七節)は、古代の聖典の中に刻まれた恐るべき暴力の記憶である。問題は、そのような言葉が、現代の国家権力や軍事力と結び付いた時、人は自分の残酷さを残酷さとして感じなくなる。
人間をここまで残酷にするものは、単なる憎悪だけではない。自分たちは正しい、自分たちは選ばれている、自分たちは被害者であり続けている、だから相手に何をしても許される、という心の構造である。宗教がその心に絶対性を与える時、信仰は慈悲ではなく、殺戮の免罪符になってしまう。
「アンネの日記」が今なお大切なのは、ユダヤ人の苦しみだけを記憶するためではない。あらゆる時代、あらゆる場所で、国家や民族や宗教の名によって踏みにじられる一人ひとりの命を見失わないためである。ガザにもまた、名前を持ち、夢を持ち、恐怖の中で生きている無数のアンネがいる。その声を聞けなくなった時、私たちはすでに、かつて批判した暴力の側に立っているのではないか。
【長松清潤師】
表面上は言葉丁寧だが、その裏に棘がある。
そう言われても仕方のない立場は自覚してはいるが、腹の虫はおさまらない。
人生は流離い、まさにそうだ。
僕自身に刃を向けたとしても、対象物として存在しないことに苛立ちを
覚えることだろう。それは僕の作戦でもなければ誤魔化しでもない。
あなた方が対象とする人間(僕)は、実は空気のようなものなのです。
本物の僕自身は、斜め四十五度の上空から凝視しています。
ちょっと目線を上げれば確認できる存在です。しかし・・・
残念ながらそうして見上げても、確認は不可能でしょう。
別に何とかの術を使っているわけではありません。
四次元の世界とは・・・そういうことです。
僕がまだ二十歳すぎのころ…
ある親世代のひとの質問に答えた記憶がある。
「信じていたひとに裏切られた…あんな人とは思わなかった…」
その言葉に僕は…
「こうして見る満月は、とても綺麗で神々しささえ覚えるけれど、
超拡大望遠鏡で見る月は、ゴツゴツとした粗肌で、美しさの欠片もない。
人間も同じじゃないですか?」
よくもあんなことが言えたものだと今更ながら恐縮する自分がいる。
頭でっかちな学者ぶった若僧だった。
しかし、しかし、…
あの言葉を口に出来たのは、もうあの二十歳すぎの時、僕は、
世の中の…人の心の…何たるかを達観していたのかも知れない。
叔父の言葉~「おまえは世捨て人みたいな奴やな」が甦る。
