「楽は苦の種、苦は楽の種」という言葉がある。
今している苦労は、将来の楽や幸せにつながるが、反対に今、楽をしていれば、
将来苦労することになるということ。
人生とは不思議なもので、若い頃死にたいくらい嫌だと思ったことや、落胆したこと、悲しかったことなども、年を重ねた後で考えると、「だから良かった」「そのお陰で今の自分がある」というようなことは多くある。
本当は苦の中に幸せの種が撒かれているのだが、それに気づかず、文句や不平を言ってしまうと、その種には芽が出ない。苦にあっても、その中でいいことを見つけ、それに感謝する人にだけ、芽が出て幸せの花が咲く。
すべての苦労は、自分を磨いてくれる磨き砂。「だから良かった」と全てのことに感謝できる人でありたい。
曽野綾子

「ほぼ日刊イトイ新聞」の中に、あの「プレバト」で有名な夏井いつき先生との絡
みの記事があって、糸井氏同様、「やってみるか・・・」となった。その前に(俳
号)という大いなる<隠れ蓑>が必要とのことで、「はてどうしたものか?」と考
えていたら、亡父の遺した句集の表題が「秋耕」であることに思い至った。これ
だ!っと思った。
いささかおこがましい気もしないではないが、実名の「秋」も入っているし亡母由
来の句でもあるし、これに決めることにした。
しかしながら糸井氏同様、そこから先が進めない。だがその対談の記事を読み
進めていくと、まさしく指南書的な記事が連載されていて、一気に読み進んだので
あった。
さて僕の初歩的俳句は日の目を見ることことになるのだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぼたん雪 見慣れし遠山 消しさって 渡部 秋耕(初作)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
