本来、悦びは無意識のうちに、心の中から湧き上がってくるものだろう。
しかし残念ながら、自力で掴んだものと勘違いをして、本心からの悦びを持て
ない人は、この世にはわんさかといる。そしてその傲慢さは、図らずも顔にでる。
こればかりは何としても隠せない、見えてしまう。
ちょっと角度は違うが、昔ブラックな世界に身を置いていた人が、僕の職場に
就職してきた。かなりの技術者で、会社にとっては大きな戦力となったわけだが、
僕が訳アリで退職した時、彼も一緒に職場を離れ、僕と一緒に共同で事業展開を
することになった。その彼が酒を飲んでいる時に、真剣に言った。
「ナベちゃんは、穏やかな顔してるなあ・・・俺は詳しいことは言えないけど、
ちょっと危ない世界に身を置いていたから、そのころのツケで人相が変わって
しまったんだ。毎晩鏡を見ては、眉毛の両端を押し下げてるんだけど、なかなか
なあ・・・」としみじみと呟いた。
僕は正直どう答えていいか分からなかった。顔相にしろ手相にしろ、そう簡単
には変わるものではないだろう。住む世界を変えたからと言って、真っ新で
やり直せるわけでもない。常に何かしらの影が付きまとっている。数年で袂を
分けたわけだが、単身でやり抜くことができたのだろうか?
他人事ではない、僕には僕なりの悩みがあった。丸さ、優しさだけではクリア
できない現実の厳しさが突き付けられてきたのだ。だれかが冗談半分に言った。
「やっぱり、ナベちゃんは学校の先生になるべきだったな。商売人はムリ!」
ウソがつけない、ハッタリがきかない、冒険心がない、・・・ない、・・・ない
ないない尽くしの人生行路。それでも僕は歩いてゆく。

あれは僕が五十前くらいのことか・・・
仕事仲間とスナックで飲んで歌って、恒例の「そっとおやすみ」のチークダンスも
終わって、みんなが帰ったあと、一人残ったタクシー待ちの僕にママが言った。
「ねえ、ナベちゃん、○○さん離婚したの知ってる?」
「えっ!そうなの、なんで?」
「う〜〜ん・・・・あなたが原因みたいよ」
「え〜〜、まさか!ヂュエットはしたことあるけど、手も握ったことないのに」
「まったく、ナベちゃんは鈍感なんだから」
「そう言われてもね・・・」
「女心って、そういうものなのよ」
「わかんね〜な・・・」
「ほら、タクシー来たわよ」
「なんか、酔いがさめちゃったな・・・」
「まっ、そういうところがいいんだろうけどね・・・あっ、でも電話とか
しちゃダメよ。これは二人だけのハ・ナ・シ」
タクシーの中で、僕は考えていた。
「似たような話・・・二人目だな・・・」
