「それで、あの家にこのままの流れで一生いたら、ますます気のいい人間になってしまうんだよ。」
「それの何がいけないの?」
「いけなくはないんだけど、僕が思うに、それは本当の気の良さじゃないんだ。平和で、お金もあって、時間もあれば誰でも人は優しくなれるでしょう?それと同じで、このままではそういう時だけの気のよさになってしまうんだ。それで自分の中にいやな黒いものが育っていってしまう。もしくは、うすっぺらい気のよさで一生終わってしまう。僕はせっかくもともと気がいい男なんだから、できることならその気のよさを育てたいんだ。黒いものではなくて。」
「幽霊の部屋」 よしもとばなな

「僕のガールフレンドは心理学を勉強しているんですけど、彼女に言わせるとね、たしかに僕には、家族に限らず、他人との衝突を極力避けようとする傾向があるんだそうです」
そしてそれは、幼い頃に母を亡くした衝撃的心傷(トラウマ)があるからだというのである。
「僕自身は覚えていないけど、三歳のころの僕は、きっと何かいたずらをしたり、母のいうことをきかなかったりして、母に叱られていたはずなんです。そうしているうちに、母はふっつり姿を消して、家に帰ってきてくれなくなってしまった。だから三歳の僕は、無意識のうちに、僕がお母さんの言うことをきかなかったから、お母さんはいなくなってしまったんだと考えたんだと、彼女は言うわけです。そしてそれが心にしみついて離れない。だから今でも他人と衝突したくない。衝突したら、きっとその人は姿を消して、二度と戻ってきてくれなくなってしまうって、そう考えてしまうから」
「理由」 宮部みゆき
図星だわ・・・
(作:安藤氏)
「法律に触れるという意味じゃそうだがな」
照明の落とす影が、猛禽のような義父の目鼻立ちを一段と鋭く見せていた。それでいて、義父はとてもくつろいでいるように見えた。とても親しく見えた。
一瞬、私はぞっとした。
義父の表情は語っていた。法に触れこそしないものの、私はもっともっと凄いことをやってきたよ。裏切りも企みも、駆け引きも暗闘も、収奪も秘匿も。
人間はそういうものだ。必要に迫られれば何でもやるんだ。義父はひとかけらの粉飾もなく、私にそう言っているのだ。問題は、それを背負っていかれるかどうかだけだ、と。
「誰か somebody」(宮部みゆき)

僕は思った・・・
「『民衆のために』といって社会主義者は動乱を起こすであろう。民衆は自分達のために起ってくれた人々と共に起って生死を共にするだろう。そして社会に一つの変革が来ったとき、ああその時民衆は果たして何を得るであろうか。
指導者は権力を握るであろう。その権力によって新しい秩序を建てるであろう。そして民衆は再びその権力の奴隷とならなければならないのだ。然らば、革命とは何だ。それはただ一つの権力に代えるに他の権力をもってする事にすぎないではないか」
「たとえ私達が社会に理想を持てないとしても、私達自身の真の仕事というものがあり得ると考えたことだ。私達はただこれが真の仕事だと思うことにすればよい。それが、そういう仕事をすることが、私達自身の真の生活である。
私はそれをしたい。それをすることによって、私達の生活が今ただちに私達と一緒にある。遠い彼方に理想の目標をおくようなものではない」
「自我は伸縮する。あるときは国家とか、または人類というところまで拡大され、またあるときはその自分一個の個体においてさえ、自他の対立を見るので、人間間におけるいわゆる社会的結合は、ただこの自我の伸縮性の上にのみ保たれている。」
(金子文子)
