父が僕に言った
「おまえは、脱出の名人だな」
居場所を告げて家を出たのが家出と言えるのかは別として
これが最初の脱出だろう
そして、宗教施設からの脱出
これは本物中の本物
犯罪者でもないのに、逃亡者そのものの
迫真の計画と決行だった
お世話になった叔母の家からの脱出
商売の倒産絡みだったとは言え、心苦しい脱出だった
叔父の仕事の手伝いからの脱出
これまた給料不払いが遠因としても
我慢の限界を越えた脱出だった
青春時代の彷徨と言えばそれまでだが
確かに、父が言ったように、僕は脱出の名人になった
脱出は一方に訣別を伴う
その訣別の辛さ、悲しさが脱出を劇的なものにする
土地を転々とすることの意味よりも
心の流転こそが脱出の妙なのだ

クラブの帰り道
僕はちょっとしたイタズラを思いついた
いつもは二人ならんで帰るのだが
先に出た僕は角を曲がった所で、マンションの陰に隠れた
自転車の彼女はいつもの僕がいないので
なんと猛烈な勢いで自転車をこぎ始めた
僕はそのスピードにびっくりして
次の交差点で車にでもぶつかったら大変と
走って彼女を追い始めた
彼女は大通りの手前で自転車を止めて
しきりに左右を確認していた
安心した僕は、忍び足で彼女に近づき
肩をポンと叩いた
振り向いた彼女の顔は
安心とちょっと怒ったような
複雑な表情て僕を睨み付けた
そして「もぉ~!」と言いながら
僕のおでこをつついた
謝りのつもりで、僕は彼女の自転車を押して
別れの曲がり角までゆっくり歩いた
彼女の想いの確信が、僕の胸の中で踊った
わずか数分間の愛のたわむれ
