行水
「行水せんかね」
「水、浴びんかね」
夏、実家へ帰ると
父の第一声は
いつもこれだった
行水・・・もはや死語かな
しかし、言われるままに
水を浴びると
体がしゃきっとして
扇風機の風が心地よかった
冷やした西瓜やトマト
それに素麵が
定番だったな
或る人に捧げる私の弁証法
その人はまぶしい
私は応対にひどく気を遣う
その人の得意な笑顔
一点の曇りもない爽やかな笑顔から
私は逆に
宇宙の寂寥をよみとる
そしてまた
人知れぬ夜空の深淵に飛び交う
閃光のささやきを
夏
一人の兵士が帰ってきた。
大男の
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の彼は
前の家の近くだった。
「やあ、帰ったかかね。早かったね。
どこにいたの」
「広島です」
「ふーん、あそこはえらい爆弾が落ちたというのに
いい調子だったね」
「はい」
・・つい、二、三日前の新聞で「新型爆弾か」という
記事を見たばかりだったから
私はこころから祝福した。
愛くるしい童顔の彼が
あまり見えないので
どうしたやら
ちょっと聞いてみた。
だれかがいった。
帰った一週間ほどは
何ともなかった。
やがて血を吐きだした。
血を下した。
帰ってから
十日ほどで
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の大男は
消えてしまった。
(渡部一夫)