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「さすがにすごいなあ、ええなあ」桃子は思った。
その、ええなあと思う女優が、先をちょんと切った軍手の両手でお金を乞うている。
家の中へ入ることを拒むので、桃子は懐の奥にしまっていたなけなしの五千円札を出した。それは雪だるまの絵をすかしにした懐紙に四つに畳んで丁寧にくるみ、懐の奥にいつも持っているお守りのような五千円札、樋口一葉さんの肖像が描かれている五千円札である。
彼女はそれを見るとサッとひったくり、片手拝みをしながら片手で懐の中に懐紙ごと入れ、見かけによらず速足で消えていった。
さよなら さよなら
元気でいてね
桃子は戸を閉め、つっかいをし、仕事を続けてきた北窓の見える机に座った。
手元の小さい火鉢の中の炭火が、線香花火のようにチラチラと花火を立てている。この贅沢な備長炭もいただきものであるが、もうこれでおしまい。桃子は八百ワットの電気ストーブでこの冬場の寒い時期を過ごさねばならなかった。
桃子が彼女の訃報を聞いたのは、翌々日であった。正確には桃子を訪れた翌日の夜明けに亡くなったようである。それはちょうど家の前の笛の沢の池が雪をどんどん吸い込み、ヒューヒューと笛のような音をたてているころであった。
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ひらのりょうこ