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傲慢

僕がこうして生きているからと言って

あの人もこうして生きているわけじゃない

まったく同じ人生観や価値観で生きてるわけじゃないことぐらい

分かっているつもりでも

どうしても同じレベルにおいてしまう自分がいる

これこそが

傲慢というものなのだろうか

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歩く

父は<歩く人>だった

実によく歩いた

「車で送ろうか?」と言っても

片手を挙げて「ノー」と意思表示した

麦わら帽子を被り、ゴム草履でスタスタと歩いた

まさに、スタスタ・・・と

少々遠い所へも、バスにも乗らずに

とにかく歩いた

今、僕はそのころの父の年齢を超えたが

とてもじゃないが、父の真似は出来ない

やはり、老化は足からやってくる

因みに、父は百歳まで生きた

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セルフコントロール

セルフコントロールのできない奴に

人を教え諭す資格はない

まさに

論外の話だ

○○は死ななきゃ治らない

いや

死んでも治らない

今に倍して

持ち越しだ

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アンバランス

僕独りなら

トコトン落ちてやれ

という自分がいる

けれども

家族がいる

さてそこでどう生きるのか

いつもの悪癖さ

二人の自分を生きようとする

しかし・・・しかし・・・

その二人の自分のバランスが厳しいのだ

「アンバランスもバランスの一種です」

と言ったのはだれでしたっけ?

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ピエロ

成長のための試練とか

心の肥やしとか言うけれど

それはうんと後から言えることで

その時の・・・

当事者の僕には

悲しみと絶望しか無かったさ

そこから根付いたピエロ性は

生きるための最小限の鎧だったのかも知れない


♪俺を見捨てた女を
 恨んで生きるより
 幼い心に秘めた
 むなしい涙の捨て場所を
 探してみたい
 遠くで汽笛を聞きながら
 何もいいことがなかったこの街で


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甘えの構造

あれは僕が二十歳の頃だったろうか。

父が一冊の本を手渡した。

土居健郎著の「甘えの構造」

父は何を言いたかったのだろう?

何を伝えたかったのだろう?

己の懴悔か?子への忠告か?

詰まるところ、いわゆる「甘え」とは

現実的にまた必然的に縁切りさせられたが

父もそして僕もが内在的に持っている本質的な「甘え」とは、

一生付き合わされる羽目に陥った。

それは親子の遺伝的とも言える部分であり、そして

宿命的とも言える心の・・・魂の・・・問題なのかもしれない。



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文明の利器

文明の利器たる携帯電話も、今やしごく当然の日用品となり、ボールペンや

ハンカチ等と同じように、無造作にカバンやポケットの中にある。

着信音であれ、バイブであれ、それらさえもが日常化して、今日のこの日を

仕切っている。

僕は突然カベに向って投げつけたい衝動に駆られる。

まるで・・・

時を止めてしまいたい!・・・とでも言うように。


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カタカナ

母の母はカタカナしか書けなかった

手紙を見たことがある

・・・けど五人の子を見事に育てた

父の母は字が書けなかった

手紙は見たことがない

・・・30キロ台の小さな体で十人もの子供を産んだ

その内四人は近隣へ養子に出された


カタカナだけの手紙には

心がストレートに込められている

漢字に勝る説得力がある

そう僕は感じた

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吃音

 今はどもりと言えば差別用語に近いらしいが、小学校時代、同級生に吃音の子がいた。彼は姓がアイ〇なので名簿が一番、僕がワタナベなので名簿は最後。そんな関係性もあってかなくてか、彼はなぜか僕に近づいてきて友達になった。遠足やなんかの行事の時はいつも一緒だった。彼のお母さんは随分と吃音のことを気にしているみたいで、僕に過度のお礼を言われたが、僕はさほど意識せず自然に付き合っていた。六年生になった時、彼は親の都合で橋向の学校へ転校して行った。

 吃音と言えば、僕の尊敬する故西部邁氏が、かなり強度の吃音だったと本で知った。高校時代まではその所為でほとんど人前では喋らなかったらしい。しかし東大に入って学園紛争の真っ只中、かなり多くの聴衆の中で、歴史的な大演説をぶったらしい。そしてそれっきり吃音から解放されたと聞いた。それから数十年後のテレビでのあの活舌を聴けば、氏が吃音だったとは想像もつかない。物事は何が転機になるかわからない。

 吃音とは違うが、僕の赤面症もかなりのものだった。しかしそれも放送部のアナウンサーという経験が、その症状を和らげてくれたように思う。大人になって「物静かなナベちゃん」で通っているが、酔えば大演説家に変身するのを知ってくれている人は少ない。まあ、それだけ酔っぱらってしまうことは稀であるということの裏返しなのかもしれないが・・・。


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相似

相似の報い

これは当事者でなければ分からない

何かを犯す(侵す)

その事象の同じことが

わが身に跳ね返ってくる

問題は・・・

其のことへの懺悔と反省の上に立って

そこからの再出発だ

もし、居直り正当化すれば

同じことが又してもわが身に降りかかってくる

もっと素直になりなさい

もっともっと正直者でありなさい


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