人間と動物を一緒にするわけではないが、まだ言葉を発しない赤ちゃんが 興味ある(好きな)人に寄って行くのは、本能的な感知力だと思う。 過去のブログ
最近のアルバイトの延長的な接客に比べて、昔は鋭い観察眼を持った ホステスさんが多かったように思う。人には言えない濃い人生経験があったり、 一方で異種異様(?)な客たちと接することがそうさせるのか? そうした中での探り合いとか、会話の積み重ねが心の奥底を和ませる。 まさに(何のために飲むのか?)の答えがそこにあるのだと思う。 過去のブログ
コロナ禍理由は勿論だが、それ以前からほとんどと言っていいくらい 外へ飲みに出ると言うことは極めてまれになっていた。 若かりし頃のこんな場面が懐かしい・・・ 過去のブログ
この記事を書いた時、僕も苦い思い出が甦った。あれは小学校入学前だったろうか? 果物屋さんのミカン一個のできごとだった・・・ 過去のブログ 父には連絡があっただろうに・・・父からは一言の咎めも無かった。 逆にそれが胸を締め付けた・・・
母の日に・・・ 過去のブログを振り返ってみた。
僕は 常に 誰かにとっての 目の上のたん瘤 という存在で いいと思っているのです いや むしろ そうあり続けたいと 思っているのです 煙たい存在 目障りな存在 それが無ければ 暴走を生み出しかねません そう思いませんか?
知ってても 知らんふりしてるんだ それがいちばん恰好いい
自信満々と自信過剰は紙一重 貴方が 貴女が 貴男が どれだけ自分を客観視できるのか? 要は・・・ 己の中の平衡感覚の問題だね 人目を気にしたものでもなく 自己弁護のためでもなく 冷徹なる自己の客観視 これだ!
亡き父が喜寿の記念に作った俳句集がある。 その中に、息子(次男坊)が描いた絵が載せられている。 句集の題名は「秋 耕」 二人いる秋耕すでに暮れんとす
この頃が懐かしい…
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