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背景の記憶(274)

 二十歳前の僕は、予備研修と言うことで、岡山県の山村に派遣された。
先輩布教師の下で細やかな手ほどきを受けた。しかし数日後、僕は大けがを負ってしまった。
 先輩の運転するバイクの後ろに乗せてもらっていたのだが、何せ田舎の砂利道、蛇行とバウンドで手が離れてしまい、僕は路上に放り出されてしまった。
 その後の記憶はない。気が付いた時には、僕は宿泊先で布団に寝かされていた。外傷は、眼鏡と時計での裂傷。あとは打撲傷で、身体はまったく動かなかった。信教上の理由で病院へは運ばれず、祈りの中で治癒を待つということだった。僅かな目覚めと昏睡の連続で、何日経過したのかさえ分からなかった。

 やっと意識が正常に戻ったとき、僕の枕元に一人の女性がいるのに気が付いた。宿の娘さんで、お産のため里帰りしている人だった。4〜5歳年上のひとだろうか。「大変だったね〜。もう大丈夫そうね。」と言いながら手際よく身の世話をしてもらった。その時、何から何までお世話になったと思うと、恥ずかしさと不思議な心地よさとが、僕の心の中で渦巻いていた。

 事故から一週間経ったころだろうか・・・彼女が「あきおくん、お手紙よ」と言って封書を渡してくれた。「開けてあげるね」と言って開封すると、中から数枚の写真が出てきた。「あ〜、彼女?奇麗なひとネ」と言って、ちょっと拗ねたような顔をして部屋を出て行った。たしかにそういう存在の人からだったのだけれど。

 更に一週間が経過して、彼女が赤ちゃんと一緒にご主人の下へ帰る日が来た。「心配だからもうちょっと居てあげたいけど・・・ごめんなさいね」そう言って僕の頬にチューをした。そして「横須賀から手紙を書くね。ペンネームで出すからね。彼女さんに怪しまれないように・・・」そう言って今度は頬擦りをして部屋を出て行った。

 松江に帰った僕に、かなり頻繁に彼女から手紙が届いた。彼女の現実生活の中に暗雲らしきものがあったのか?具体的なことは何も書かれてはいなかったけれど、言外に彼女の淋しさのようなものを僕は感じ取っていた。いつものことだけれど、僕の生い立ちから来る何かが彼女を刺激したことは確かだと思った。それは・・・致命的なくらいの(母性愛欠乏症)であり、いつも無意識のうちに遠くを見ているような(世捨て人)的な表情だと思った。

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posted by わたなべあきお | - | -

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