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断 章

愛児の死など
忘れさせてしまうような
暑さであった

いずこの日とも思われず
日が照り
蝉が鳴いていた

それなら
一体
誰に
語り明かす
相手が
あるというのか


おもかげを索めてつきず蝉の声


           (父・一夫)



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僕は本来・・・

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貧乏〜背景の記憶(255)

 小学校時代、総じてみんな貧乏だった。もちろん〜イイ所の子も何人かはいたが、それが羨ましいという時代でもなかった。そんな中でも極端にみすぼらしい子もいたわけで、当然ながら皆から遠ざけられるようになり、やがて登校拒否になりで、先生にしたら悩みの種であったに違いない。

 そんな時先生が「わたなべ・・・〇〇君の家へ様子見に行ってくれ。あまり強引なことは言うなよ。」四年生の僕には、これはやさしいようでかなり難しい課題だった。坂道の中腹にある屋根に石が乗った平屋で、壁はトタン張りだった。ギシギシの引き戸を開けて、暗い部屋内に向かって、「こんにちは〜・・・」と恐る恐る声を発した。返事がない代わりにお母さんらしき女性がヌ〜っと現れた。

 僕はちょっとビックリして、咄嗟には声が出なかった。やっとの思いで「あの〜・・・〇〇クン、居ますか?」と切り出した。「居ますけど何か?」と言われるとその先が続かない。お母さんも普通ではない身なりだったので、僕は怖気ついてしまった。「また学校に来るように言ってください」とだけ言い残して僕は急いで家を後にしてしまった。

 先生にはありのままを報告したけど、何の役にも立てなかった自分が情けなかった。もっと言い方があったんじゃないか?直接顔を合わせるべきだったんじゃないか?心のどこかにへんな優越感めいたものがある自分がとても嫌だった。

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贅沢な青春

 学生だったころ、私は、書店の文庫の棚の前で随分長い時間たっていた。その時間を合計すれば、何十日分にも相当しそうである。「あれを読もう」と最初から目星をつけて文庫本の並ぶ棚に歩み寄ったことは、ほとんどない。何を読もうかと背表紙を眺め、手に取り、書き出しの数行を読み、解説に目をとおし、ためらってためらって、別の文庫本に目を移す。そのときの、何を読もうかと迷う私の目は、おそらく青春時代における最も気概と熱気と冒険心に満ちたものであったろう。私という汚れた人間が、唯一、澄んだ目を輝かせる場所は、文庫本の棚の前であった。私は、それを思うと、貧しかった当時の、いろんないやな情景などどこかに押しやって、ああ、贅沢な青春だったなと感謝する。文庫本というものがなければ、私は世界の名作に触れることなく、何が真のミステリーであるかも知らず、何を人生の不思議言うのかも学ばず、猥雑な大人の群れに、よろよろと加わって行ったに違いない。(1986.7)

                          宮本  輝


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♪一日二杯の・・・

♪一日二杯の酒を飲み
 さかなは特にこだわらず
 マイクが来たなら微笑んで
 十八番をひとつ歌うだけ

 妻には涙を見せないで
 子供に愚痴をきかせずに
 男の嘆きはほろ酔いで
 酒場の隅に置いてゆく

 目立たぬように はしゃがぬように
 似合わぬことは 無理をせず
 人の心を見つめ続ける
 時代おくれの男になりたい

 不器用だけれど しらけずに
 純粋だけど 野暮じゃなく
 上手な酒を飲みながら
 一年一度 酔っぱらう

 昔の友には やさしくて
 変わらぬ友と 信じ込み
 あれこれ仕事もあるくせに
 自分のことは後にする

 ねたまぬように あせらぬように
 飾った世界に流されず
 好きなだれかを思い続ける
 時代おくれの男になりたい

             ♪時代おくれ(作詞:阿久悠)

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この詞の中で・・・

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夏物語

遠い過去の夏物語

ザリガニ トンボ釣り 蝉時雨

水まき 縁側 夕涼み

行水 団扇 蚊取り線香

浴衣 下駄 線香花火

湖水 大花火 夏祭

ランプ 蚊帳 怪談話

湧き水 西瓜 かき氷

潮の香 手漕ぎ舟 精霊流し

さざ波 手つなぎ 満天の星

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祈り

祈りは

光の玉となって

時空を超え

必ずや

目的の地に、人に

届くのです

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正念場

『極まりて 悲しきときにあらざれば

          まことの信は 起こらざりけり』


                日扇聖人



癌の再発

手術不能

死を待つのみ



ここが・・・正念場

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♪あなたが私にくれたもの・・・

もうずいぶん時が経ってしまったね

酔っぱらって

夢のまた夢を

思わず口にしてしまったことだけど

君は真剣に受け止めてくれて

本当に挿絵を描いてくれた

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カッコつけて

詩集なんて言ったけど

残念ながら

それらしい中身は

生まれそうにないね

立場逆転で

君の絵に

コメントを入れさせてもらおうかな

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校歌

甲子園の高校野球で校歌が流れる。
多くの学校のそれは、歌詞として名文(?)が多い。
文語調がほとんどで、未来ある若者を鼓舞激励するような詞が多い。
因みにわが母校の校歌は・・・

♪松江の南 空ひろく
 白雲悠々さりまた来たる
 雄大の眺め此処に聚めて
 矢の原台上堂々と
 わが学び舎はそそり立つ

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父は・・・

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われ如何に生きるべきか?

この世のすべての事象は

「因果の法則」に則っていると教えられている。

「善因善果、悪因悪果」

生まれ来たこの世のことだけではなく

過去世に己はどんな悪業を積み重ねてきたのか・・・

わずかばかりでも善行はあったのか・・・

そしてその報いが今生に現われている・・・と。

しかし「隔生忘却」の理からすれば

具体的な内容を知ることは全く不可能と言える。

ただただ、今の己の在り様を見て推察するしかない。

では、未来(来世)に救いはあるのか?

それが問題だ。

迷信邪教に振り回される人もあれば、

無神論者となって刹那的に生きる人もいる。

いかにして「正心」に巡り合うか!

それが問題だ。

ここでまた、大きな分岐点を迎えることとなる。

生まれ変わり、死に変わり、幾度それを繰り返してきたことか。

堕獄の苦しみは、生きている間にはわからない。

ただ・・・この世もあの世も一緒とすれば

今、我如何に生きるべきか〜は見えてくる。

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