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背景の記憶(344)

僕は何かに絶えず駆り立てられるように、その日その日を過ごしていた。

愛情の一番終わりの境界……その一線がハッキリと眼前に表出した。

涙は悲しみの表出てはなく、朝の草を飾る露のように自分の睫毛を濡らした。

それを機に、僕はピエロの仮面を脱ぎ捨てたような衝動を覚えたのだった。

脱出の日、片付けるものなど何一つ無いと言ってよかった。着の身着のまま

僕は脱出した。父の「お前は、脱出の名人だな……」という言葉が甦った。

スリルという言葉はあてはまらない、僕はこういう瞬間にいわば慣れていた。

18年間て唯一習得出来た特殊な【芸】だったのかも知れない。

半世紀以上を経た今日、僕はその芸を再現出させようとする自分に

驚きを隠せない。習癖は冬眠から覚めて甦るのだ。

あの時、「父よさらば、兄姉よさらば、可哀想な継母よさらば……」

と綴った言葉がまざまざと蘇ろうとしている。

結局のところ……その行き先は、実母の懐なのだが……

そしてまた、……ということは【X】にしかあり得ないのだが……。

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背景の記憶(343)

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京都の東南、坂の上のアパートには

これといった家具は一つもなくて

机代わりの電気コタツとダークブルーの寝袋がひとつ

階段の入り口ドアには

シルビーバルタンのポスターが一枚

朝に送り出し、夜に迎えてくれた

彼女の顔が別れたひとと重なって

僕はその唇にタッチするのだった

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明日に向かって

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何気ない毎日が 
風のように過ぎていく

あの日の眼差しも
あの日の囁きも
遠くへ遠くへ消え失せてゆく

思い出に浸ることは
涙と嘆息の誘い水にはなっても
明日の光とはなり得ない

どんなに悲しかったことだって
今となれば貴重な思い出だ
今日を生きる糧にさえなる

僕は君にとっての
そんな存在であり続けているだろうか
心の灯的存在のままだろうか
雄々しく明日に向かうための希望の源泉だろうか

僕はそのように生きているのだが……

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波動

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突然途絶えた音信

それを確かめる術もなく

ただ悄然と立ちすくむ

一個人を翻弄する家庭内の黒い渦

夫婦であれ……親子であれ……

どの立場であれ

投げ出さないあなたのことだから……

僕としては

波動を信じて 心を送り続けるしか術がない

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堪忍

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流離い

もうひとりの自分が叫ぶのです

「僕は旅に出ます」

そして、念を押すように付け加えるのです

「もう、此処へは帰っては来ません」

その真向かいの自分が応えるのです

「そうしなさい 僕もそうしたかったのです」

ふたりの自分の意見が一致したわけですから

当然の結果か生まれたはずでした

しかし……

彼は動きませんでした

心の浮遊のみに止めたのです

これを最高、最善の選択と言わずして、何と言うのてしょう

彼の心の中の小宇宙は

何ものにも比較、対峙できないのでした

posted by わたなべあきお | - | -

天然

少女のような【あどけなさ】を魅せる あなた

意識的なソレを見抜く目は

だれよりも持ち合わせているつもり

【天然】

これは本当の天然にしか出せない 【色香】

実年齢的に老人の入り口でも

あえて僕は褒め言葉として送りたい

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反射

書くということは、やっぱり

何か病か、絶望のようなものに

犯されているときの反射なのではあるまいか。


      【開高 健】



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転倒

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大方の作家は病的である。いや、……的ではなくそのものであるにちがいない。

彼らに言わせれば、世の中が病的なのだろう。

その世の中という怪物に挑み、苦しみ、混乱し、放り投げる。

言い方を変えれば、純とも言える、一途とも……

そして彼らは絶望し、病み、自死へと突き進む。

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作法

イメージは火花のようであり、とつぜんの風でひらく窓のようであり、
じわじわとにじみひろがるインクのようでもある。その群れを私は
流れるものは流れさせ、はびこるものははびこらせる。消えるか。のこるか。
いつか再生するか。苛酷な生の流れの少しはなれたところに体をおいてその
動静に眺め入る時間が貴重である。たいへん好きだ。

 これらの群れは、いつも何か説明しにくい力である。たとえそれが、
たそがれの町角にのこる口笛の一節でも、新聞の三面記事の六行でも、
一帝国の興亡でも、私をとらえてはなさない力であることに変わりはない。
だから私はライオンの真似をすればライオンの爪や牙からのがれられると
思いこんでいた原始人に似ているのではないか。身ぶりをして憑きを
おとそうとして小説を書くのである。

           【開高 健】


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