おまえの街はどこかと訊ねられても、いまのわたしは、ここだというべき場所をもっていない。多少の懐旧の心情を混えれば、少年の頃の街が蘇ってくるが、いたるところの十字路や露路すじに、悪い表象が立ち塞がっている。それを避けようとすれば街のすべてを拒絶するよりほかない。幻想の首都をさがして、いくつもの街を通り過ぎてきたような気がするし、少年の頃の街も、何べんか縮まり変形してきたような気がするが、心象のあちら側に、何か気配のようなものが感じられるかぎり、そこを目指すよりほか仕方ない。知りびとたちは死に、腐敗した透明な空気に変身している。 (吉本隆明)