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背景の記憶(179)

    或る人に捧げる私の弁証法

その人はまぶしい
私は応対にひどく気を遣う

その人の得意な笑顔
一点の曇りもない爽やかな笑顔から
私は逆に
宇宙の寂寥をよみとる

そしてまた
人知れぬ夜空の深淵に飛び交う
閃光のささやきを


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背景の記憶(178)〜原爆忌〜

     夏

一人の兵士が帰ってきた。
大男の
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の彼は
前の家の近くだった。

「やあ、帰ったかかね。早かったね。
 どこにいたの」
「広島です」
「ふーん、あそこはえらい爆弾が落ちたというのに
 いい調子だったね」
「はい」
・・つい、二、三日前の新聞で「新型爆弾か」という
記事を見たばかりだったから
私はこころから祝福した。

愛くるしい童顔の彼が
あまり見えないので
どうしたやら
ちょっと聞いてみた。

だれかがいった。
帰った一週間ほどは
何ともなかった。
やがて血を吐きだした。
血を下した。

帰ってから
十日ほどで
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の大男は
消えてしまった。

        (渡部一夫)


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背景の記憶(175)

君の涙の美しさに
僕の瞳も潤んだ

君の涙の淋しさに
僕の心は戸惑った

どっちが真実なのか
わずかな時間の流れの中で
僕は涙の温もりと冷たさを感じた

僕はどうすればいいのだろう
僕は何を言葉にすればいいのだろう
見つからない答えの中で
時間だけが通り過ぎて行った

無言の涙がこれほど多くを語るとは
僕はついぞ涙の源を見つめることができなかった
本当の訳を知るのが怖かったのか
僕の考えすぎと思いたかったのか

また涙の温もりと冷たさが
僕の頬をつたった

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背景の記憶(174)

忘れてしまいたい記憶こそ、いつまでもいつまでも

脳裏に焼き付いて離れないものだ。

空腹に耐えられず、店先のリンゴ一個に手を伸ばしたとき・・・

母親の買い物籠の中の財布に手を伸ばしたとき・・・

海に落ちて、友達の差し出した釣竿に掴まったとき・・・

路地を飛び出して、車のドアにおでこを擦られたとき・・・

あの時、ああすればよかった、こうすればよかった〜は通じない。

起こってしまったことは戻らない。

貧困、生死、懺悔、後悔、感謝、

人間は、紙一重でどちらにも転ぶ。

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背景の記憶(173)

「どうしてそんなに、苦しい方へ苦しい方へ行くの?」

彼女はそう言って悲しそうな顔をした。

その時に、哲学めいた考えで動けていたわけはないのだが

僕は三叉路や十字路に出くわしたとき

確かに、狭い道やでこぼこ道やトンネルのような道を進んだ。

結果・・・

彼女と手を繫いで進む道は無くなってしまったのだが

彼女はわかってくれていたと思う。

若すぎた・・・いや、幼すぎた。

何があっても何とかなる時代ではあったけど

頼り切ってしまう自分が惨めに思えた。

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背景の記憶(172)

「瑞々しい欅の若葉を透いた光が・・・」

古びた木造校舎の中学校の教室で

先生に「渡部、読んでみろ」と言われ

僕は国語の教科書の巻頭の詩を読み始めた

窓からは明るい陽光が差し込み

教室の暗い部分とのコントラストが鮮やかだった


小学生時代、放送部だったこともあって、朗読は得意だった

誰に教えてもらったのだろうか・・・

眼は数行先を追い、言葉は逆の行いをしていた

中野重治の詩を読み終えた時

先生が言った

「うん、「間」がいいな・・・うん・・・」

僕は、窓の外のグランド横の緑の木々をじっと見ていた


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背景の記憶(171)

「きみの夢を見たんだ」

『どんな夢?』

僕は、はぐらかす意味ではなくて、その問いには答えなかった。

『ねぇ〜、どんな夢?』

再度せがまれたが、やはり僕は黙っていた。

「願望なのかなぁ?」

僕は、独り言のように呟いた。

何かを期待してたのか、的はずれと思ったのか、

それ以上、彼女が問いかけることはなかった。

僕はただ・・・

夢の中身を言葉にしてしまうと、すべてが消えてしまうような気がしていた。


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背景の記憶(169)

慣れぬ野良仕事などしなければ良かったのに・・・

でも母の性格では、やり抜こうとしたんだろうな。

破傷風・・・間に合わなかった血清。

離れ小島の宿命。

様々な悪運が女の厄年に凝縮された。27.3.16-1.jpg

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背景の記憶(167)

まだ僕は成人前だったかな?

広島にいたころ、夜逃げを手伝ったことがある。

とても勝ち気な奥さんと、気弱そうだが男前の旦那、そして小学生の男の子。

「晩御飯でも食べていく?」と言われたが、いつもと雰囲気が違う。

それにご飯と言われたがそれらしきものはなく、インスタントラーメンだった。

訝しがる僕に奥さんが切り出した。

「実はね・・・」

詳しい内容は言われなかったが、その夜のうちに家を出ると言われた。

そして「できれば手伝ってほしい」と。

僕はトラックに梱包なしの、家財道具を積めるだけ積んで、運転をした。

小一時間くらい離れた場所だっただろうか・・・。

その夜、電気コタツに足を突っ込んで、四人で寝た記憶がある。

あの家族はどうしているのだろうか?

気丈な奥さんの目に光るものがあったのを、今でも覚えている。



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背景の記憶(165)

まるで子供の飛び出しのように

きみは前しか見ないで

自転車をこいだ

僕はちょっとしたいたずら心で

家の陰に隠れていたのだが

あまりのスピードに

その先の出来事が怖くなって

後ろから声をかけてしまった

急ブレーキをかけた君は

照れたような怖いような

複雑な表情で僕を睨んだ27.1.22-2.jpg

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