軽やかに半音を切り替えるハーモニカ演奏〜クシコスの郵便馬車
体育館に響き渡る〜「nice shoot!」の声
防波堤に翻るスカート
鮮やかなコバルトブルーのシャツ
薄暗い跨線橋下を通る爽やかな風
見舞いの便箋に添えられた数枚の顔写真
バイク事故の体への献身の看護
別れの時の頬へのくちづけ
ペンネームで寄せられた何通もの手紙
「どうしてそんなに苦しい方へばかり行くの?」
離島で眺めた満天の星空
遠路はるばるやって来た湖畔の宿の別れ
「結婚しました」の短い文面の葉書と代わった苗字
流れるように達筆な文字
勝ち気で颯爽と歩くミニスカート
「思い出に・・・」と差し出すものは受け止められず
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巡る巡る〜時代は巡る
間借りであれ、アパートであれ、
借家であれ、持ち家であれ
家(部屋)は存在したが
家庭がなかった。
温もりがなかった。
何よりも先が見えなかった。
今、ぼくは
家庭の太陽なんだろうか
家の柱なんだろうか
ひょっとして僕も
同じことをしてるんじゃなかろうか。
満天の星
離れ小島の海辺に寝転がって
満天の星空を見上げた
あの夜を覚えているよね
無数の星たちは
手が届くようにそこにあって
降ってくるような
引き込まれるような
あの不思議な感覚
流れ星は
幾筋もの鮮やかな直線を描いて
水平線の向こうに消え
星雲も星屑と呼ぶには
もったいないくらいに
宝石のようにそれぞれが輝いて
本土の雑踏や喧騒を
吐き気を覚えるくらいに
遠ざけたくて
このまま時間余止まれと叫ぶ言葉を
大きなため息に変えて
僕は目を閉じた
すぐとなりのきみは
何を考えていたのだろう
何を夢見ていたのだろう
五つの年齢差は
母と子ほどの重さと温もりで
僕のすべてを包み込んだ
旅立ち
きみが手を振る
脚を大きく踏ん張って
両腕を頭の上で激しく交差させる
大勢の見送りの人たちの群れから離れて
きみが手を振る
デッキの上の僕は
きみの大きな動きの中に心を読み取る
軽いなさよならではない
複雑なさよならでもない
逆だな
こんな場面で一つになれたなんて
一筋の船の航跡が僕の想いを乗せて
遠ざかってゆく
二月に百歳で亡くなった父が、以前送ってくれた物のなかに、僕が小学校五年生の時の日記帳があった。教師だった父らしく、それぞれにコメントが付されている。
三月二十八日 土曜 天気 晴 起床 七時0分 就床 八時二十分
あおあおとしたかいせいの空に
一きのジェットキが 白い線で
空を二つにわった
ツツート、ジェットキが
とんでいってしまった
空には、白いせん一本
ほかにはなにもない
こんな詩ばかりでなく その日にあったこと、思ったこと
したこともかくとよい。
表紙裏には
「日記はよいことだ 続けることがむつかしい」
「いつも遠くを見てる目をしてるね」
「どこかに何かを忘れてきたの?」
「未練?失恋?後悔?・・・」
全部かな
いろんなことがありすぎたよ
僕の年齢と短い時間を思えば・・・
そばに居てほしい人は
みんな僕から離れて行ったよ
結婚、病死、脱走、転向・・・
どちらが真面なのか
何が正義なのか
人道という名の仮面
「ねぇ〜、胸が痛いってことある?」
呼び出されて宍道湖の防波堤に腰かけていたとき
突然放送部の後輩の彼女が聞いてきた。
「えっ?」
僕はどう答えていいのか戸惑った。
「う〜ん・・・経験はないけど、あるんじゃないかな」
「好きなひとでもできたんか?」
彼女はしばらく黙って俯いていたが
突然立ち上がり、くるっと反対を向いて
ひらりと地面に飛び降りた。
スカートを翻したその動きの中に
「あっ、もしかして・・・」と思ったとき
彼女はもうかなり前を歩き始めていた。
何とも言えない複雑な想いが、彼女の背中に漂っていた。
君はお兄さんの強引さに屈した形だったけど
一番君のことを思っていたのは弟くんの方だったんだぜ
わかっていたかい?
僕はお姉さんの積極性に引っ張られた形だったけど
一番僕のことを思ってくれていたのは
妹の君だったんだね
僕は・・・気付かなかったよ
君が遠く東京にお嫁に行って
随分経ってから教えてくれた人がいたんだよ
世の中って・・・
そういうものなんだね
雨が降ると思い出す
仲直りの日は
いつも雨の日曜日だった
後から思えば
小さな誤解や言葉の行き違いだったのだけど
その時は
この世の終わりのような深刻さだった
周りも心も
静けさに包まれた
雨の日曜日
わだかまりが洗い流され
本来の純心が蘇った
「ごめんなさい・・・」
それだけでまた
前を向いて歩きだした
それはいつも
雨音もない
静かな静かな雨の日だった