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「さすがにすごいなあ、ええなあ」桃子は思った。
その、ええなあと思う女優が、先をちょんと切った軍手の両手でお金を乞うている。
家の中へ入ることを拒むので、桃子は懐の奥にしまっていたなけなしの五千円札を出した。それは雪だるまの絵をすかしにした懐紙に四つに畳んで丁寧にくるみ、懐の奥にいつも持っているお守りのような五千円札、樋口一葉さんの肖像が描かれている五千円札である。
彼女はそれを見るとサッとひったくり、片手拝みをしながら片手で懐の中に懐紙ごと入れ、見かけによらず速足で消えていった。
さよなら さよなら
元気でいてね
桃子は戸を閉め、つっかいをし、仕事を続けてきた北窓の見える机に座った。
手元の小さい火鉢の中の炭火が、線香花火のようにチラチラと花火を立てている。この贅沢な備長炭もいただきものであるが、もうこれでおしまい。桃子は八百ワットの電気ストーブでこの冬場の寒い時期を過ごさねばならなかった。
桃子が彼女の訃報を聞いたのは、翌々日であった。正確には桃子を訪れた翌日の夜明けに亡くなったようである。それはちょうど家の前の笛の沢の池が雪をどんどん吸い込み、ヒューヒューと笛のような音をたてているころであった。
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ひらのりょうこ

この春に離婚した友人(女性)が話したことなんだが・・・
彼女のある友人と十数年ぶりに、偶然街で会ったらしい。
その第一声が「見違えるほど明るくて元気そうね〜!」だったらしい。
その後、「何か良いことあったの?」「ご主人は?」と、矢継ぎ早の質問。
「実は・・・別れたんです。息子も大学卒業して就職できたし・・・」
それへの反応がすごい!
「わあ〜、おめでとう!」
「?????」
「あのひと〜変わってたもんねぇ〜」
どう反応したらいいのか〜ちょっと困ってしまったらしい。
分かるような気もするけど、ちょっと複雑だな。
今日の若い世代のことを思えば、よくここまで我慢した・・・というのが
正解だろう。

・・・とは言いながら
冷静に考えてみたのです
やはり、これは自分の裏返しだ・・・と
鏡だ・・・と
自分の心が映っている
それが跳ね返ってくる
そう思えば
自分を改めるしかない
逆恨み、犬の遠吠え・・・みっともない

明確な返済日を求められて、その裏付けがない時、情けないかな・・・無言の世界へ入ってしまう。それはそれで相手様に失礼極まりないことなのだが、だからと言って当てのない日を口にするわけにもいかず、またしても闇の中に閉じ込められる。
逆の立場の経験もあったなぁ〜と思い返しても、僕と同じ態度をとってくれる筈もなく、どちらの立場にしろ、自分の曖昧さ、いい加減さが、心に重くのしかかる。
一つ減り二つ減り、一社終わり二社終わり、終点は近づきつつあるのだが、すぐそこのような距離と時間が、とんでもなく遠く長く感じられる。
言い訳にも程があるし、雁字搦めになっては、「ええい、どうにでもしてくれ!」と言い放つもうひとりの自分がいる。「投げやりになるな、誠意を尽くせ」もう一人の自分が諫める。精神の混濁・・・まだ客観視できているだけ救いはある。
他人や他社は、優先順位やランク付けを、非情なくらい至極事務的にやるけれども、それを僕はできないでいる。みんな一番になってしまう。結果・・・みんなが三番四番に繰り下がってしまうのだ。
切り返し、開き直り、巻き返し、どんでん返し、倍返し・・・言葉にすれば、そんな黒い渦が心の中をかき混ぜる。ゆるやかな清流は何時訪れるのだろうか。