♪僕は呼びかけはしない
遠く過ぎ去るものに
僕は呼びかけはしない
かたわらを行くものさえ
見るがいい黒い水が
抱き込むように流れてく
少女よ泣くのはお止め
風も木も川も土も
みんなみんな
たわむれの口笛を吹く
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十七歳の春
手作りの詩集の中で呟いた
父よさらば
可哀想な継母よさらば
兄よ姉よ
そして幼い義弟よさらば
僕は亡き母の懐に帰ります
一筋の流れ星になって
飛んでゆけ
辿り着けるか
この果てしなき旅路
なんとも稚拙な殴り書き
叔父をして
「おまえは世捨て人か」
と言わしめた彷徨の青春時代の序曲
あの絶望と一筋の閃光があったればこそ
今の自分がいる
今で言えば、ツイッターのようなものかもしれなかった。文字通りの
最晩年の父のつぶやき。誰にも明かすつもりもない胸の内を、日夜日毎、
綴っただけの自慰のようなしろもの。死にかけた老人のロマンティシズム、
センティメンタリズム、愚痴、後悔、不安、諦めがこれでもかと詰め込まれた
ただの日記、がらくたのような散文……。
【小池真理子.「沈黙のひと」】
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自分の事を言い当てられたかのような一文だ。
確かにそうなんだ。あんたの言う通りさ。
そしまた、これは亡き父への一文でもあるわけだ。
親子揃って同じことをやっている…性懲りもなく…
まさしくこれが遺伝というものなのか…
…その淋しいという気持ちが実はとても大事なんだ。
淋しかったり、孤独だったりする時間をしっかり持てた人は、
来るべき相手にめぐり逢った時、その人の良さや、やさしさが以前より
よく理解できるようになる。いい恋人がいるとは、皆、孤独で、
淋しい時間、自分は何なのか、を見つめていた人だ。
【伊集院 静】
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これは体験上、実感として受け入れられる。
まさにそうなのだ。
二十歳すぎ…大失恋のその後数年間、空白とも言える時を過ごした。
他人から見れば…夢遊病者のような…
叔父に言わせれば、「おまえは世捨て人みたいなやっちゃな」
実際第三者からすれば、そう見えたにちがいない。
腑抜けではないが、いつも遠くを見ていた。関わった女性みんなが
同じ言葉を口にした。
「あなたはいつもどこか遠くを見ている…」