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   母は石をひろう


  母は石をひろう
    石をならべる
    石につぶやく

  なんにもいわずに
  いうことを聞いているのが
  気に入っているらしい


     【サトウハチロー】

……………………………………………………………………………………

  究極の趣味は「石」であるらしい

  とんな小径もアスファルト化されて

  砂利道など、ほとんど無くなってしまった

  昔が懐かしい

  故郷が恋しい
    

posted by わたなべあきお | - | -

象の背中

象は己の死を覚悟した時、ヒトリ静かに群れを離れていくという。

秋元康の同名小説(映画)の主人公は、余命半年の癌を宣告され、

かって関わった幼なじみや恋人、仕事上の相手等々…を巡り歩くわけだが、

僕的には、それらの人々と直接逢うことでもって、様々な現実を突き付け

られるよりは、想い出は想い出のままで、その時々で留めておきたい。

しかし、しかし、…逆の立場だったらどうだろうか?

幼なじみが…クラブの同僚が…片想いの彼女が…失恋相手が…突然現れたら、

どう対処するだろう?

ここには年齢というものが立ちはだかる。壮年期、晩年…のそれぞれの壁

自己満足か自己欺瞞か…夢追い人か夢芝居か…

なぜか、"はしだのりひこ"の歌を口ずさむ

♪ひとは誰もただひとり旅に出て
 ひとは誰もふるさとをふりかえる
 帰っておいでよとふりかえっても
 そこにはただ風がふいているだけ…

この人生の最晩年に、人を巡るというよりは、土地を巡ろうと考える自分がいる。

生まれ故郷の隠岐の島、学生時代の松江市、放浪時代の…萩市、広島市、

岡山県の田舎、再び隠岐の島(島後)、博多、鹿児島、、、、

気楽な車旅か、のんびりとした列車の乗り継ぎか、、、夢は尽きない。
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posted by わたなべあきお | - | -

声なき声

    声なき声

   声なき声は 届かない 

   残念至極

   声なき声は 抹殺される

   痛恨の極み

   届くのは 同類の仲間のみ

   音叉の如し

   あばら家のなかに 光を見る

   心の灯火

   ボロ着のなかに 明日を信じる

   確信の眼差し 

………………………………………………………………………………………

  政治は何を見ているのだろう?

  誰を見ているのだろう?

  駅の伝言板に

  声にならない声を文字化してくれないかい

     

posted by わたなべあきお | - | -

長い手紙を出せば

   
   長い手紙を出せば

 
   長い手紙を出せば
   甘えてるようにみえる
   そこで便箋に 大きく
   "例のもの頼む"と書いた

   七字だけの手紙に
   封書はもったいないと返事がきた
   返事の返事はハガキに"諾"一字
   ---この諾が甘えているぞと俺を野次ってた


       【サトウハチロー】

   

posted by わたなべあきお | - | -

 私は今も、前方に光明を見ている。闇の中に一点の光を見る。闇というものが
如何に厚っぽい、重々しい、深い遠い垂れたものかということと、そういう完全な
闇の中にも一つの点の明るさがあって、それはぼうと白く霧の中の明るい小さな穴を
なしていて、しかもその穴からはいくら外をのぞいてみても、仮相の形象の何一つ
見えないということを、私は丁寧に知った。これは経験である。自分の指先さえ
見えない深い木の間の闇夜より、なほ厚い閉ざされた垂れ下がった闇があったことを、
私は戦後にまざまざと経験して知ったのである。しかし私は自分がその闇の住人となる
「不安」を毛頭も意識しなかった。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
昭和二十年代から三十年代の前期にものを学び教えられた若い年代は、最も卑しい者や
卑しくなったものに、卑しい方法で卑しいことを教わったということを、一度反省して
みる必要がある。たしかに卑しいと納得し、しかもそれを自分の責任で反省する者が、
次代のまことの変革精神の核となることを私は信じている。

          【保田与重郎】

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偽善者

人間は自分の間違いを語る勇気と謙虚さを持たねばならない。

それを横に置いておいて、さもそれらしき事を並べ立て、

自分を偽るのは、まさに偽善者以外の何ものでもない。

「恥の上塗り」という…一旦誤魔化しを犯せば、それを隠すためにまた嘘をつく。

「振り出しに戻る」という……こっちのほうがはるかに潔い。晴れ晴れとしている。

「終始一貫」という…

「真実一路」という…

近道か遠回りか~それは他人が決めることではない。

遠回りに見えても、本人にとっては最大の近道だったりする。

心の物差しは、人それぞれなのだ。



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三倍

僕は、いわゆる「占い」は信じる方ではないが、

よく放送等で出てくる「この人は、ひとの三倍働く人です」というのは

何となく信じてしまいたくなる。

たしかにそういう人は存在するからだ。

持って生まれたものプラスその後の努力精進の賜だと思う。

ある段階以降は、おそらく加速度的に飛躍して行くのだろう。

裏を返せば、凡人と言えども努力を怠るな…の戒めと受け止めたい。

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三倍

僕は、いわゆる「占い」は信じる方ではないが、

よく放送等で出てくる「この人は、ひとの三倍働く人です」というのは

何となく信じてしまいたくなる。

たしかにそういう人は存在するからだ。

持って生まれたものプラスその後の努力精進の賜だと思う。

ある段階以降は、おそらく加速度的に飛躍して行くのだろう。

裏を返せば、凡人と言えども努力を怠るな…の戒めと受け止めたい。

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生涯勉強

指導者(教導者)の手法は様々である。

どっちがどうとも言えないし、それぞれの個性もある。

しかし、僕的に言わせてもらえば、たとえ訥弁でも、一語一語に心を込めた言葉にこそ

感銘を受ける。

威圧的、高圧的な表現方法には耳を塞ぎたくなる。

その裏の心理を探れば、慢心、借りもの、勉強不足が見え隠れする。

自身に置き換えてみれば、

謙虚に生涯勉強、生涯向上心を失いたくない。

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クォーターマン

上空斜め四十五度の目線

その視線先の男

どちらが本物の自分なのか

現実界を生きていながら

その自分が仮者のように思う

上空の男こそが本者と確信する

そしてそのまた遥か上空にいる母と

透明かつ清らかにして頑強な糸で結ばれていることを

確信する

母は決して手招きはしない

ただ優しく悲しげな眼差しを注ぐだけ

posted by わたなべあきお | - | -

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